北村正裕BLOG

【北村正裕のナンセンスダイアリー】童話作家&シンガーソングライター、北村正裕のブログです。 2009年11月21日に旧URL(masahirokitamura.blog.drecom.jp)から移転しました。新URLは http://masahirokitamura.dreamlog.jp/ です。 トラックバック送信のさいには、当ブログ該当記事へのリンクをお願いします。また、コメントは投稿できない設定になっています。 ホームページ(童話作家・北村正裕のナンセンスの部屋) http://homepage3.nifty.com/masahirokitamura/ と、音楽・映像公開用HP(北村正裕アート空間) http://masahirokitamura.art.coocan.jp/ もよろしく。

2000年発表の論文「死神のメルヘン」PDFでWEB公開

2000年に、雑誌「駿台フォーラム」第18号(駿台教育研究所編集)に発表した僕の論文「死神のメルヘン」(同誌p.53-70)は、落語「死神」の成立についてオペラ「クリスピーノ」が関係しているという説に疑問を投げかけたものですが、このたび、駿台教育研究所の了解が得られたので、この論文のコピーのPDFファイルを、僕のホームページ
http://homepage3.nifty.com/masahirokitamura/
(童話作家・北村正裕のナンセンスの部屋)
で公開しました。
現在、「プロムナード」の目次のページ
http://homepage3.nifty.com/masahirokitamura/promenade.htm
と、「グリム童話と落語『死神』」のページ
http://homepage3.nifty.com/masahirokitamura/grimm-rakugo.htm
の双方からアクセスできるようにしてありますので、この方面に関心をお持ちで、また、論文を入手されていなかったかたには、今のうちにダウンロードされることをおすすめします。

この論文の掲載雑誌は、一般の書籍とちがって、入手に、多少、手間がかかりますし、そもそも、駿台教育研究所の在庫もわずかしかないとのことでした。
たとえば、「おたくらしっく」というブログの2010年3月31日の記事
http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-62cd.html
には、僕のホームページで紹介していたこの論文について、「興味を魅かれております」と記されながら、「入手の手続きに多少手数がかかるので、残念ながら未読です」とも記されています。他にも、研究者のかたから、入手していなかったというメッセージをいただいたこともあります。また、最近は、論文雑誌に掲載された論文が、PDF形式で、WEBでも公開されることは珍しくなくなっているようで、技術的には簡単なことなので、今回、駿台教育研究所の了解をいただいて、自分のホームページで公開することにしたわけです。ただし、今回公開したものは、1ページごとにひとつのPDFファイルにしたものなので、全部で18個のファイルに分かれています。ダウンロードに18回の作業が必要になりますが、ご容赦を。

また、同じく、ホームページで、この論文と、2011年に鹿児島大学の梅内幸信教授が発表された論文「「死神」モチーフ再考 : 『死神の名付け親』 (KHM44)と古典落語『死神』との比較検討」とを比較しながらの、梅内氏の2011年の論文の紹介記事を掲載しました。
こちらの記事は、現在、
http://homepage3.nifty.com/masahirokitamura/grimm-rakugo3.htm
のページに掲載しています。
こちらも、興味お持ちのかた、ご覧ください。

[当ブログ内の関連記事]
http://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/51606121.html

赤い鳥『翼をください』歌詞「今富とか」削除の真相

70年代前半に、フォークグループ「赤い鳥」によって歌われ、その後も多くのアーティストによってカバーされ、小中学校の教科書に掲載されるなどして、歌い継がれている名曲「翼をください」(山上路夫作詞、村井邦彦作曲)の歌詞に、いくつかのヴァージョンがあることについては、このブログでも、09年7月13日の記事
http://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/51606184.html
などでも書きましたし、それぞれのヴァージョンによさがあると思いますが、多くの楽譜に掲載されている長いヴァージョンのうち、2番の歌詞の「今 富とか 名誉ならば いらないけど 翼がほしい」という部分が、71年に初めて発売されたレコードでは削除されている理由について、今朝の「朝日新聞」の「be on saturday」に掲載されている「うたの旅人」の記事では、「『今 富とか~』で始まる2番冒頭の歌詞は、曲の長さを抑えるためにレコードでは省略された」と書かれています。この記事には、作詞者の山上路夫さんや「赤い鳥」のメンバーだった山本潤子さん等への取材内容も含まれているようなので、かなり信憑性が高いように思います。また、下記[関連ブログ記事紹介]の中の「もうひとつの夕景工房」の記事の内容とも一致しています。

[関連ブログ記事紹介]
「キューピーBGMの独り言」10年2月6日の記事
http://qpbgm.sblo.jp/article/35172676.html

「もうひとつの夕景工房」の09年5月の記事
http://kei1959.blog43.fc2.com/blog-entry-155.html

「noBlog SINSEIの自己中で行こう!」の09年7月の記事
http://sinsei.coolblog.jp/nnnoblog/index.php?UID=1247403533

「ある広告人の告白」の08年6月の記事
http://mb101bold.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_0712.html

「天満スイッち編集室」の08年5月の記事
http://blog.livedoor.jp/maki_days/archives/51110623.html

「ある音楽人の日乗」の07年4月の記事
http://blog.goo.ne.jp/mh0914/e/a21bd72765a2ad1f1a9660dbc07912fe

『今日の日はさようなら』作詞・作曲者、金子詔一さんのエッセイ紹介

金子詔一作詞・作曲による『今日の日はさようなら』は、森山良子の歌で有名になり、60年代のフォークソングの代表曲のひとつであるといってもよいでしょう。70年代以降も歌い継がれ、最近では、アニメ映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』(2009年)に、声優の林原めぐみの歌で、挿入歌として、映画の中盤で劇的に使われましたが、『エヴァンゲリオン解読』(北村正裕著)の文庫版として、2010年に静山社文庫の1冊として出版した『完本 エヴァンゲリオン解読』の「文庫版あとがき」の中で、僕は、この映画と『今日の日はさようなら』にも触れて、「内包する悲しみをクローズアップさせられたこの曲も、また、『エヴァ』によって新たな命を吹き込まれたように思える」(P.268)と書きました。「自由」や「信じること」への憧れは、それが危うい状況の中でこそ湧き上がるものでしょうから、この曲に深い悲しみが込められている感じがするのは当然で、僕にも、それは、直観的に感じられていたのですが、映画で、壮絶な戦闘と裏切りのシーンで、この曲が歌われたことで、その「悲しみ」が前面にでてきたように感じたのです。そして、こうなると、この曲の創作にどんな背景があるのかも知りたくなり、金子詔一さんのエッセイを見つけて、読んでみました。金子詔一さんは、ベース奏者のようですが、職業音楽家ではなく、職業としては、英語学校「F.I.A.」の創設者で、そこの事務所から、『今日の日はさようなら』というタイトルのエッセイが発行されていて、無料頒布されていました。F.I.A.のホームページに情報があり、インターネットで申し込むことができました。読んでみると、「ああ、やっぱり」と思えるような記述が。以下、金子詔一さんのエッセイから引用します。

「はじめての海外! 1963年東京オリンピックの前の年である。『ベルリンの壁』があり、壁にはいくつも算段の痕があった。壁を越えようと試みて、毎日、何人もの人が殺されていた―。見張りの機関銃を持った兵士と目を合わせるのが怖くて、目をそらせて、ふと空を見上げると、壁の上を翼を広げた鳩が自由に飛んでいた。
この旅行から帰国して、しばらくして『今日の日はさようなら』は生まれたのだった―」
(2007年3月、F.I.A.発行、金子詔一著『今日の日はさようなら』P.49より)

冷戦下での国家レベルの不信感と殺戮。それが、この曲の背景だったのですね。それを考えると、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』で、裏切りと残酷な戦闘のシーンでこの曲が流されたことに、あらためて、深い意味を感じてしまいます。
金子詔一さんは、反戦フォーク、フォークゲリラが盛んだったころに、あえて、そうした直接的なメッセージを歌詞にするのではなく、もっと、ずっと芸術的な歌詞を作ったわけです。エッセイの中には、「僕は、ゲバ棒持って若者らしく権力に楯突くなんてガラじゃない。まねしてみても似合わない」(P.44)という一節もあります。
この曲は、金子詔一さんが所属していたボランティアサークル(「非行防止」の活動をするサークルだったらしいです)の集会で歌われ、その後、フロッギーズというグループが学生のフォークコンサートで歌い、さらに、森山良子によって歌われることになったようです。
さらに、エッセイには、おもしろいことが書かれていました。3番まであるこの曲の歌詞の1番の「明日の日を夢見て希望の道を」という部分は、もともとは、「今日の日はさようなら」となっていて、同じ歌詞が3番まで合計3回繰り返されるようになっていたとのことです。これが、こんにち広く歌われている歌詞に変更されたのは、フロッギーズのメンバーの提案によるものだとのことです。同書P.234に記述があります。金子さん自身、どちらがよいかといったことについては書かれておらず、フロッギーズのメンバーに任せたようですが、「夢見て」という歌詞は、結果として、さらに、古い時代の反戦フォークからの飛躍を決定的にしているようにも思えます。

僕は、昔のメッセージソング、プロテストソングや現代のいわゆる「がんばろうソング」などの社会派ソングが好きになれず、『今日の日はさようなら』や、70年代にフォークグループ「赤い鳥」の歌で有名になった『翼をください』など、叙情派フォークに通じるものをもち、なおかつ童話的な幻想にささえられた歌が好きで、自分でも、そうした、いわば、ナンセンス&メルヘンソングを作り、歌うことが、自分自身の音楽活動のモットーでもありますが、かねて感銘を受けていた「エヴァンゲリオン」の新作映画にこの2曲が使われたことで、また、感銘を深めてしまいました。ちなみに、赤い鳥の『翼をください』にも、70年のレコードバージョンの他に、ライブでよく歌われる「今、富とか名誉ならばいらないけど翼が欲しい」という歌詞のはいったロングヴァージョンがありますが、こちらは、レコード収録時にカットされたのでしょう。もともと「富とか名誉」などに興味もない人間には、「富とか名誉」などという言葉自体、余計な言葉だと感じられるので、このレコードバージョンも成功しているのではないでしょうか。

ところで、今では、フォークソングという言葉は、死後に近くなってしまったのでしょうか?
『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』を見た人が、『今日の日はさようなら』のことを、童謡と言ってみたり、さらには、演歌と言う人までいるのには驚きました。フォークソングの代表曲なんですけどね。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』は、近々、テレビの「金曜ロードショー」で放送されるとのこと。まだ見ていない人にはオススメの作品です。

ネット上には、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』に触れているブログ記事はたくさんありますが、いくつか紹介しておきます。

「ウツロメブログ」の
http://utsurome.blog23.fc2.com/blog-entry-101.html

「ToLOVEる☆LOVE」というブログの
http://toloverulove.blog121.fc2.com/blog-entry-608.html

「シネマークblog」の
http://cinemark.blog.so-net.ne.jp/2011-07-01

「ひきこもり以上、ニート未満」の
http://doraemonkun.my-sv.net/anime/462/
など。

[当ブログ内の関連記事]
http://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/51606184.html
http://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/51606183.html
など。

[HP内のエヴァンゲリオンコーナー]
http://homepage3.nifty.com/masahirokitamura/eva.htm

[音楽用HP内の『完本エヴァンゲリオン解読』紹介ページ]
http://masahirokitamura.art.coocan.jp/evangelion.html

ルイジ、フリットリ好演(メトの『ボエーム』)

指揮者のレヴァインが体調不良で来日できなくなってしまったメトロポリタン・オペラの『ラ・ボエーム』は、代役指揮者のファビオ・ルイジのゆったりとしたテンポの丁寧で抒情的な演奏などで、期待以上の素晴らしい舞台だったと思います。僕が見たのは6月11日(土)と19日(日)の公演ですが、歌手では、ミミ役のフリットリのやわらかい美声が、昨年のトリノ王立歌劇場日本公演の『ボエーム』のきと同様に圧巻。また、ムゼッタ役のフィリップス、マルチェルロ役のグヴィエチェン、ロドルフォ役のベチャワ(11日)、アルバレス(19日)と、主要メンバーがみな好調で、さすがメトという感じでした。今回は、原発事故の影響を懸念する歌手たちが何人も出演を取りやめたために、当初の予定とは、かなりキャストが変わり、フリットリは当初の予定では他の演目に出る予定からの変更でしたし、アルバレスなどは、直前に来日が決まったようですが、これまた昨年のトリノ王立歌劇場日本公演の『ボエーム』のときと同様に、フリットリとの名コンビで、美声を披露してくれました。
最終日の19日夜の公演終了後のカーテンコールでは、再び幕が開いた後、フリットリたちが、プロンプターボックスからプロンプターを舞台に引っ張り上げてしまうなど、達成感を発散させるカーテンコールでした。
なお、ネット上の一部で、拍手のフライングについて話題になっているようですが、今回、11日の公演では、第3幕開幕時に、「拍手は音が完全にとまってからお願いします」というアナウンスがありました。その効果もあってか、後半は、フライングの拍手はありませんでした。ルイジのような丁寧な演奏をじっくりきいていると、この曲が、細部にいたるまで、ほんとうに、よく精密に作られていることに、あらためて気付かされます。

[他のブログ記事の紹介]

「クラシック音楽、オペラの道を究める」というブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/hrs3927513/28856934.html
に、6月8日の公演の記事があります。

「ネコにオペラ」というブログ
http://kametaro07.blog.so-net.ne.jp/2011-06-23
に6月19日の公演の記事があります。

レヴァイン来日見合わせ、残念!

来月のメトロポリタン・オペラの日本公演。レヴァイン指揮の「ラ・ボエーム」(プッチーニ作曲)を楽しみにしていたのですが、昨日の朝日新聞夕刊に、「ジェームズ・レバインが療養のため来日を見合わせることになった」との小さな記事が。ああ、残念。僕は、「ボエーム」の全曲盤CDは、現在、5種類持っていますが、名盤の誉れ高いものが色々ある中で、レヴァイン指揮のものが特に気に入っていて、そのことは、かなり前に、このブログの記事
http://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/51606159.html
にも書きましたが、今回、レヴァイン指揮の「ボエーム」の生の舞台が見られることを楽しみにしていたので、来日見合わせは残念です。代役は、ファビオ・ルイジとのこと。こうなったからには、ルイージに期待しましょう。

[関連ブログ記事]
★めぐみさんが帰ってくるまで★頑張らなくちゃ
というブログの5月7日の記事
http://blogs.yahoo.co.jp/takashidoing0826/60482672.html

「杏村からからのカワセミ寅次郎」
というブログの5月7日の記事
http://blogs.yahoo.co.jp/kogarasitorazirou19751015/38326820.html

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