北村正裕BLOG

【北村正裕のナンセンスダイアリー】童話作家&シンガーソングライター、北村正裕のブログです。 執筆情報用ホームページ(童話作家・北村正裕のナンセンスの部屋) http://masahirokitamura.my.coocan.jp/ と、音楽情報用HP(北村正裕アート空間) http://masahirokitamura.art.coocan.jp/ もよろしく。 ツイッターアカウントは「@masahirokitamra」です。

ペローの「赤ずきん」とグリム童話「オオカミと七ひきのこやぎ」そして辻村深月作「かがみの孤城」

昔、ペローとグリムの「赤ずきんちゃん」を(邦訳ですが)読み比べて、グリム童話決定版の「赤ずきん」は、フランス民話を基にしたペローの「赤ずきん」(赤ずきんがおおかみに食べられておしまい)に、ドイツのメルヘン「狼と七ひきの小やぎ」の結末(母やぎがおおかみの腹を切り裂いて呑み込まれた子やぎを救い出し、おおおかみの腹に石をつめこむ)が(救出されるのは赤ずきんとおばあさんで、救出するのは猟師と)変形してくっついたものなのだということを知り、最近、辻村深月作「かがみの孤城」(2017年)の序盤を読みながら、何となく、そのことを思い出していたら、この「かがみの孤城」、その「狼と七匹の小やぎ」が謎解きのキーになっているらしいということが中盤あたりから感じられ、なんと、実際、その通りでした。さらに、「赤ずきん」との関係もひと役買っていました。

鈴木晶著「グリム童話」(講談社現代新書、1991年)には、次のような記述もあります。

「ご存じのように、ペローの『赤ずきん』は少女が狼に食べられてしまうところで終わるが、グリム童話だと、赤ずきんとおばあさんは狼の腹から『復活』し、狼は腹に石を詰められる。(中略)この結末はドイツのメルヘン『狼と七匹の子山やぎ』からの借用である」
(鈴木晶著「グリム童話」-講談社現代新書、1991年-P.106より)

また、相澤博著「メルヘンの世界」(講談社現代新書、1969年)の第5章「狼のメルヘン」では、「狼と七匹の子山羊」と「赤ずきん」の二作が取り上げられ、グリムの「赤ずきん」について、
「満腹して眠った狼が腹をさかれ、代わりに石をつめこまれて死んでしまうのは、『狼と七匹の小山羊』の終わりと同じである」
(相澤博著「メルヘンの世界」-講談社現代新書、1969年-P.150)
と指摘され、グリムより古いペローの「赤ずきん」では「狼に食われて話は終わりとなる」こともP.160で指摘されています。

さて、その「オオカミと七ひきの仔山羊」が謎解きのキーになっている辻村深月さんの長編ファンタジー小説「かがみの孤城」、これまでに読んだ長編小説で、これほど感動的なものは記憶にないと言ってよいほど素晴らしいものでした。あのメルヘンから、こんな素晴らしいファンタジーが生まれるなんて!

たとえば、あの歴史的名作、フィリパ・ピアスの「トムは真夜中の庭で」をも上回る傑作だと感じました。
「トムは真夜中の庭で」がトムとハティの二人の物語であるのに対して、「かがみの孤城」は、謎の城にやってくる7人+1人(合計8人)の物語です。そのうち安西こころが主人公であることは最初からはっきりしていますが、他の7人のうちの数人が準主役級の重要人物だということ、その人物たちの驚くような秘密が最終盤で劇的に明かされ、この秘密が明かされた瞬間の感動は「一生もの」かもしれないので、読みおわるまで、なるべくネタバレ情報が目に入らないように気を付けたほうがよいかもしれません。ラストは思わず涙が出てしまいますが、しかも、そういう感動的な秘密の開示が一度でなく、終盤で波状的に続くので、圧倒されます。というわけで、ここでは、ネタバレになりそうなことは避けて、謎解きとは関係のないことを少し。

この物語には、不登校の子ども達の居場所として今日では認知度が高まってきている「フリースクール」の先生が、重要な人物として登場しますが、そうしたフリースクールの先駆け的な存在と言える「東京シューレ」が1985年6月24日に奥地圭子先生によって設立されたとき、塾の教師を始めてまもない時期だった頃の僕は、その設立に賛同し、設立直後の7月2日に見学させていただき、そのときの「見学記」が、「東京シューレ通信」第1号に掲載されており、それは、今でも、東京シューレに保管されています。そのことは、今年2月4日のブログ記事
http://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/52428451.html
に書いてありますが、当時は、画期的だったフリースクールも、その先生が小説の重要人物として登場するまでに認知度が上がったことに感懐も覚えます。今年1月26日に東京シューレで行われた講演の中で、奥地先生は「東京シューレは歴史を作ってきた」と話されていましたが、本当にその通りだと思います。

「かがみの孤城」の出版は2017年ですが、「asta*」での連載は2013年~2014年ということなので、2016年公開のアニメ映画「君の名は。」(新海誠監督)より「かがみの孤城」のほうが先にできていたということになりますが、あの「君の名は。」で「泣いた」という人は、「かがみの孤城」の場合、ラストが近づいたら、タオルと水分補給用の水を用意したほうがいいかもしれませんよ。熱中症対策みたいですね。僕は、「君の名は。」では泣くことはありませんでしたが、「かがみの孤城」では、感動のあまり涙を抑えられませんでした。

グリム童話との関係の話に戻って、「オオカミさま」が城に集まる7人を「赤ずきんちゃん」と呼ぶことについて、物語の後半でリオンが「フェイクじゃないか」と発言していますが、この「フェイク」は、主に、読者に対するフェイクかもしれませんね。謎を隠すための。それでも、「おおおかみと七ひきの子やぎ」に関係がありそうだということには、かなり早い段階で見当がついてしまいますが、あのからくりには気づけませんでした。後半にはいると、結末を予想するより、早く続きを読もうという気持ちが強くなってしまいますからね。その謎が解けて、涙をぬぐって油断していると、最後に、もう一段、強烈で感度的なラストが待っているので圧倒されます。このラストシーンを予想できた人は、ほとんどいないのではないでしょうか?
これから読む人は、くれぐれも、最後のほうを先に見ることがないようにご注意を!

〔関連ツイート〕
https://twitter.com/masahirokitamra/status/983919261847441413
https://twitter.com/masahirokitamra/status/1000312397876281345

〔北村正裕ホームページ案内サイト〕
https://masahirokitamura33.wixsite.com/masahirokitamura

木村唯&花やしき少女歌劇団「8月のメリーゴーランド」映像分析

2017年夏の「木村唯生誕20年」の20回連載ツイートで、2014年の動画を中心に、花やしき少女歌劇団の動画の紹介をし、それらのツイートへのリンクを、2017年8月13日のブログ記事
http://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/52419821.html
を載せていますが、まもなく、また、夏がやってくるこの時期に、あらためて、2014年夏の花やしき少女歌劇団による「8月のメリーゴーランド」(織音作詞・蓮沼健介作曲)の4つの動画(7/13、7/20、8/10、8/24)を、少し、詳しく見てみたいと思います。
いずれも、上記ブログ記事にリンクがある連載ツイートで紹介したもので、それぞれ、第①回、第⑦回、第⑯回、第⑰回のツイートに動画へのリンクがあります。
7/13と8/10の動画は、Contarex tokyoチャンネルの動画、7/20と8/24の動画は、hanayashikimusicチャンネルの動画で、いずれもYouTubeに投稿されたものです。

入場シーン
画面右から登場するメンバーの先頭は小坂衣純さん(当時高校1年生)。同時に、画面左からは、椅子に座った木村唯さん(当時高校2年生)と、唯さんの椅子を押す柳井萌花さん(当時中学1年生)が登場しますが、萌花さんが、唯さんの椅子を押しながらゆっくりと舞台中央に進んで中央で、椅子の車輪のストッパーをかけるのに対して、右から入場する衣純さんは、まっすぐ舞台前方に進み、一番先に、ダンスのポーズに入ります。ひとつの曲をまるごと一人の歌手が歌うのは、花やしき少女歌劇団では、この夏の唯さんが歌う「8月のメリーゴーランド」が初めてでしょうから、唯さんにとっては、気合のはいる晴れの舞台であると同時に、重圧もあって当然ですし、右足の義足をつけて椅子に座って歌う唯さんの椅子を舞台中央にセッティングする重責を担う萌花さんにも、かなりの重圧がかかるはずです。この入場シーンでは、少し先に舞台前方に進んでダンスのポーズにはいる衣純さんが、唯さんと萌花さんに重圧をかける観客の視線の一部を自らに向けさせて、萌花さんたちにかかる重圧を少しでも軽減する役割をになっているように見えます。この前年のステージでも唯さんをサポートする重要な役割を担ってきた衣純さんの、ここでの重要な役割に、まず、注目したいところです。この入場シーンは、7/20のライブ映像が、とても見やすいアングルになっています。この動画は、17年7月20日のツイート
https://twitter.com/masahirokitamra/status/887968350885695488
で紹介したものです。曲が始まるときのメンバーのポジションは、画面左から、塩田怜里さん、酒井美紅さん、柳井萌花さん、木村唯さん、村岡桃香さん、大橋妃菜さん、小坂衣純さんです。ただし、8/24のステージでは、村岡桃香さんがお休みで、柳井萌花さんのポジションが、唯さんの真後ろにシフトしています。なお、7/20と8/24の映像には、入場シーンの前の場内アナウンスも収録されています。「お待たせしました。ただいまより花やしき少女歌劇団のショーをスタートいたします。それでは、どうぞ!」という唯さんの声。これは、あらかじめ録音されたものと思われます。中学3年だった2012年秋に右足の筋肉にできたがんが見つかり、翌2013年夏ごろまで抗がん剤治療を受けている間、花やしきのステージに出られない状態だった唯さんになんとかステージに参加してもらおうと、場内アナウンスで参加してもらおうと考えた歌劇団のスタッフが、自宅にお見舞いに行ったときに録音したということが、『生きて、もっと歌いたい』(芳垣文子著、2017年10月)第2章(P.44)に書かれています。僕には、「ショーを」というところが「ショーの」と言っているように聞こえるのですが、日本語としては「ショーを」が正しいわけですよね。

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最初にダンスのポーズにはいる小坂衣純さん(右端)

唯さんと萌花さんが交わした一瞬のアイコンタクト(7/13)
唯さんの椅子を舞台中央に固定した萌花さんは、唯さんから見て右隣りの自分のポジションに移動してダンスのポーズにはいらなければいけないのですが、7/13の動画に限り、ここで、とても興味深いシーンが見られます。ダンスのポーズに入りかけた萌花さんが、一瞬、唯さんの方を振り返っています。重要な役割、うまくいったのか、もう一度、確かめたくなったのでしょう。「唯ちゃん大丈夫かな?」、そんな一瞬の心配が動画から読み取れます。そして、その動作と同時に、唯さんが、右隣りの萌花さんのほうを振り向いたため、ここで、一瞬、ふたりの目が合っています。ふたりとも、ヘッドセットのマイクがついているので、ここで、声を出すことはありませんが、まるで、お互いに声をかけたかのように同時に顔を向け合う二人。唯さんは、萌花さんが自分のポジションにつくタイミングを確かめたかったのかもしれませんが、一瞬、見つめ合う二人のシーンを見ると、もしかすると、唯さんにも、大役を務める直前の不安な気持ちが隠せなかったのかもしれないとも思えます。萌花さんの姿を確認することで、自分の気持ちを落ち着かせようとした一瞬の行動だったのかもしれないとも見えます。結果的に、ここで、二人が一瞬のアイコンタクトを交わすことになり、「大丈夫だよね」「がんばろう」という合図が交わされているように見えて、このシーン、とても好きなシーンです。奇蹟とも言えるような「8月のメリーゴーランド」の名演は、この直後に誕生するのです。この7/13の「8月のメリーゴーランド」の動画は、17年7月13日のツイート
https://twitter.com/masahirokitamra/status/885441501051867136
で紹介し、「唯さんの多数のネット動画の中で、一番のお気に入りの動画」と書きましたが、今でも、この日の歌唱は、唯さんの最高のパフォーマンスだと感じています。7/20の冒頭では、萌花さんは、唯さんの椅子を固定した後、すぐに自分のポジションにはいりますが、唯さんは、7/20にも、萌花さんの姿を確かめるように、一瞬、右側を向く動作をしています。さらに興味深いのは、8/24の映像。この日は、村岡桃香さんが休んでいるため、萌花さんのポジションが、少しずれて、唯さんの真うしろになるのですが、この日も、唯さんは、スタート直前、一瞬、萌花さんの定位置の方を見る動作をしています。そこには、萌花さんの姿は見えないはずなのですが。後ろから入場する酒井美紅さんがポジションにはいるタイミングを確認しているのでしょうか?それとも、萌花さんが、見えない位置にまわっていることを間接的に確認しているのでしょうか?あるいは、7/13の萌花さんとの「アイコンタクト」の記憶がそうさせるのでしょうか?

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「8月のメリーゴーランド」スタート直前に一瞬見つめ合う柳井萌花さん(左)と木村唯さん

「キミのまわりを まるで8月のメリーゴーランド」
「シャツの袖をつかんでちょこちょこ歩き 急に止まるから」という歌詞から想像されるこの歌の中の子どもは2歳くらいでしょうか?これに続く「私思わず キミのまわりをくるくる まるで8月のメリーゴーランド」という歌詞に合わせ、6人(8/24は5人)のダンスメンバーが中央で歌う唯さんを囲んで輪を作り、花やしきのメリーゴーランドと同じ半時計まわりに回ります。そして、最初に内側を向いて輪を作っ後、続いて、外側を向いて輪を作っての回転も見せてくれます。これは、かなりの練習をしないとできない技でしょう。そして、メンバー全員の息が合っていないとできない演技でしょう。村岡桃香さんがお休みしている8/24のステージでは、代役をいれず、メンバーの間隔を少し詰めることで乗り切っています。

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♪まるで8月のメリーゴーランド


「思い出いっぱい作りましょう」(1回目)
2回登場する「思い出いっぱい作りましょう」という歌詞。1回目ではダンサー6人が、「思い出」で手を前で交差、そして、「いっぱい」という歌詞に合わせて、両腕を大きく広げて上にあげて回転しますが、7/20の公演では、こ動きに合わせて、唯さんも「思い出」で手を胸に、「いっぱい」で手を上にあげて見せます。唯さんのこの演技は、8/24の公演では、2回目に同じ歌詞が登場するところで演じられ、そのときには、中央付近でお手玉を披露する柳井萌花さん以外のダンスメンバ―4人の振りに合わせた動きになっています。「思い出いっぱい作りましょう」という楽しい歌詞と演技。でも、その歌詞には、いつか、これが、「思い出」になってしまうという寂しさの予感も漂い、そういうところが、この歌詞をより魅力的なものにしていると思います。そして、その後、7/20の公演で、また、唯さんが、7/13の公演で見せなかった演技を見せてくれます。

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♪思い出


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♪いっぱい

「ショーウィンドウに映るキミ」
7/13の木村唯さんの歌唱が最高だと感じさせる部分の例として、07年7/13のツイートにも書いたことですが、「逮捕しちゃうぞ」という織音さんの詩を甘く優しい声で歌う唯さんの美しい歌声!「た」は唯さんの声の甘味が特によく出るeに近い音で強めに歌い、「ぞ」は揺らしながら優しく響くaに近い音への変化。まさに一音入魂の歌唱だと思います。歌唱に全力を挙げているこの日の唯さんの手の演技は控えめで、予定の振りをこなしているだけですが、翌週の7/20の公演では、7/13には見られなかった演技が加わっています。曲の後半にはいるとき、メンバーの左右の位置が逆転しますが、その後、後半にはいって、「ショーウィンドウに映るキミ」と歌われる部分で、7/13には見られなかった演技が始まります。「キミ」という歌詞に合わせて、唯さんが右手人差し指を出して、「キミ」を指さすような演出。これは、7/13にはなかった演出です。唯さん本人が考えた振りなのかもしれません。唯さんのこのジェスチャーは、8/10では封印されますが、8/24には再び登場します。メンバー全体の振りは、この部分、唯さん以外のダンサー6人全員が後ろ向きになってステップを踏むという大胆なものですが、そう言えば、「ショーウィンドウに映る」姿は、前後が逆になるわけですね。それにしても、「また少し背が伸びたようですね」と、子どもの成長を喜ぶ母親目線の歌詞の後、「私を置いて大人になるのは ルール違反で逮捕しちゃうぞ」という歌詞のなんと素晴らしいことか!いつか巣立ってしまう日の寂しさを予感させながら、今の幸せを歌うこの歌詞の最大のポイントで、唯さんの歌唱力が最大限に発揮されているとい思います。

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♪ショーウィンドウに映るキミ


「思い出いっぱい作りましょう」(2回目)
この歌詞の中に、二度登場する「思い出いっぱい作りましょう」という歌詞。二度目にこの歌詞が現れる場面。ダンスメンバー6人のうち、唯さんに近い位置の柳井萌花さん(画面右)と村岡桃香さん(画面左)の二人がお手玉のパフォーマンスを見せますが、この二人のうち、村岡桃香さんは、8/24の公演では出演しておらず、その日は、全体のフォーメーションを微修正して、柳井萌花さんが、唯さんの真うしろでお手玉のパフォーマンスを見せます。そして、8/24の公演では、7/20の公演の1回目のこの歌詞の登場場面で演じられていた唯さんも加わるこの振りが、ここで、お手玉を披露する柳井萌花さん以外の4人のダンスメンバーと、中央で歌う唯さんの5人で演じられます。そして、その後、歌のラストに近づいたところで、7/20の公演で、唯さんが、またしても、7/13の公演で見せなかった演技を見せてくれます。

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♪思い出


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♪いっぱい


「キミと私の二人の夏が」
この歌詞の中の母親は、冒頭から、かなり若く、おしゃれなイメージで描かれていますが、ラストに近づいたとき、歌詞の中の母親は、子どもに「キミと私の二人の夏が」という言葉を使います。これは、この親子の家庭に父親がいないことをうかがわせる歌詞ですが、まるで、子どもを恋人のようにひたすら愛する母性愛が歌われるこの歌詞に合わせて、7/20の公演で、唯さんは、7/13の公演では見せなかった演技を見せてくれます。「キミ」で、右手人差し指を挙げ、「私」で、両手を胸に当て、「二人の夏」という歌詞に合わせて、右手の二本の指で「二人」を表現します。この一連の演技のうち、「キミ」の部分の演技は8/10には封印されますが、8/24には復活。「私」の部分の演技は、8/10でも8/24でも見せてくれます。そして、「二人の夏」の部分の演技は、8/10は同じで、8/24には、右手だけでなく、両手で演技して見せます。結果的に、4つの公演の中に、同じ演技のものは全くないのです。一期一会の演技を唯さんが意識していたかどうかはわかりませんが、少なくとも、結果はそうなっています。

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♪夏が来ました 夏が来ました


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♪キミと


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♪私の


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♪二人の夏が


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♪二人の夏が


「二人は8月のメリーゴーランド」
歌のラスト、「二人は8月のメリーゴーランド」という歌詞に合わせて、前半の「キミのまわりを まるで8月のメリーゴーランド」のところと同じように、6人(8/24は5人)のダンスメンバーが中央で歌う唯さんを囲んで輪を作り、花やしきのメリーゴーランドと同じ半時計まわりに回ります。そして、最初に内側を向いて輪を作っ後、続いて、外側を向いて輪を作っての回転も見せてくれます。そして、ラストシーン。全員が、笑顔で、バレエ「コッペリア」や「くるみ割り人形」に登場する人形たちを思わせる可愛らしいポーズをとりますが、スタート時とは左右が入れ替わっていて、画面左から、小坂衣純さん、大橋妃菜さん、村岡桃香さん、木村唯さん、柳井萌花さん、酒井美紅さん、塩田怜里さん。ただし、村岡桃香さんがお休みの8/24は、柳井萌花さんが、木村唯さんの後ろにシフト、さらに、この日は、7月のステージで両サイドのポジションだった小坂衣純さんと塩田怜里さんのラストポジションが、前方中央寄りにシフトし、大橋妃菜さんと酒井美紅さんがサイドにシフトして、5人が唯さんを囲むようなフォーメーションになっています。

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♪二人は8月のメリーゴーランド

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内側向きの後は外側を向いての輪で回転


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「8月のメリーゴーランド」のラストシーン
左から小坂衣純さん、大橋妃菜さん、村岡桃香さん、木村唯さん、柳井萌花さん、酒井美紅さん、塩田怜里さん


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「8月のメリーゴーランド」(8/24)のラストシーン
左から大橋妃菜さん、小坂衣純さん、柳井萌花さん(後方)と木村唯さん、塩田怜里さん、酒井美紅さん


歌詞について
すでに記したとおり、いつか巣立ってしまう日の寂しさを予感させながら、子どもの成長を喜ぶ母親目線の母性愛と幸福感を歌う歌詞。そして、母親は、冒頭から、かなり若く、おしゃれなイメージで描かれ、この親子の家庭に父親がいないことをうかがわせる表現もありますが、僕には、この歌詞に描かれている親子のシーンは、作詞者の想像する西暦2000年の7月下旬か8月上旬ごろ、描かれている子どもは、まもなく3歳になる女の子なのではないかとも思えます。そして、母親が若いイメージで描かれていることが、女の子に、やがて新しいお父さんができることを暗示しているようにも思えます。お母さんの愛情を一身に受けて育った少女は、花やしきのアイドルとなり、病気と闘いながらも、再び、花やしきのステージに戻ってきて、お母さんからもらった愛情を、感謝を込めて生き生きと歌う。これが、作詞者が考えたストーリーなのではないかと想像してしまいます。2015年に唯さんが亡くなった後、関係者への取材を重ねて書かれて2017年10月に出版された芳垣文子さんによる唯さんの伝記本「生きて、もっと歌いたい」には、唯さんのお母さんが、唯さんが1歳のときに離婚していること、唯さんは、3歳のときから新しいお父さん(唯さんは「父ちゃん」と呼んでいたとのこと)と3人で暮らしていたことが記されています。そして、「8月のメリーゴーランド」の作詞者の織音(おりおん)さんは、花やしき社長の弘田昭彦さんのペンネーム。唯さんの誕生日は8月13日です。だから、この歌は「8月のメリーゴーランド」なのだ、というのは、少し、考えすぎでしょうか。しかし、右足の切断手術にもかかわらず、がんが全身に転移してしまったことを、本人も、周囲の大人たちも知っていた2014年の春から夏にかけて、義足で立ち上がるためのリハビリを始め、とうとう、短時間なら立ち上がって歌えるようになった唯さんに、夏、新曲「8月のメリーゴーランド」を一人で全曲歌うステージが用意され、花やしきの音楽制作を担当していた作曲者の蓮沼健介さんも、ダンスの振付、指導を担当していた足立美幸さんも、歌劇団のダンスメンバーも、全員が全力を挙げて、最高のパフォーマンスでステージを作っているのは、残されたライブ映像に記録されている通りです。「私を置いて大人になるのは ルール違反で逮捕しちゃうぞ」という歌詞のすばらしさについては、すでに書きましたが、「私を置いて大人になる」というのは、直接的には自立して巣立つという意味ですが、別の世界に旅立つという意味でもあり、そこに隠された悲しみの予感が、この歌詞を決定的に感動的なものにしているのだと思います。

もうひとつの名曲『空へ』について
「8月のメリーゴーランド」と同じ時期に、花やしき少女歌劇団のもうひとつの名曲「空へ」が登場します。「8月のメリーゴーランド」が仲間たちに囲まれた唯さんが一人で歌う曲であるのに対して、少し先に披露された「空へ」は、義足で立ち上がった唯さんを中心にして、メンバー全員で歌う歌です。立ち上がって仲間たち(大橋妃菜さん、柳井萌花さん)と手をつないで唯さんが仲間たちと一緒にこの歌を歌ったのは2014年6月29日ですが、翌週には、唯さんは、手を離して、仲間たちと一緒に、両手で手話の振りを演じながら歌っています。この曲は、MCで「花やしきの花たちの歌」と紹介されますが、この「花やしきの花」というのは、花やしき少女歌劇団の少女たちのことなのだろうと思いますが、とりわけ、その輪の中心にいる木村唯さんのことなのでないかと思います。。花たちに「ありがとう」という歌詞が繰り返されるこの曲は、ハ長調で始まりますが、少し長めの間奏の後、ホ短調に転調し、寂しさを感じさせる曲調に変化します。そこでは、「その歌声 宝物だよ 笑顔の涙 忘れない」と歌われ、その後、曲は、再び転調してハ長調の明るい曲調に戻るのです。14年6月29日の映像を見ると、この日は、唯さんがMCを担当し、唯さんの左手を握っている柳井萌花さんは、マイクをつけずに歌っています。ここでの萌花さんの最大の役割は、ステージで義足で立ち上がって歌う唯さんのサポートなのでしょう。場合によっては、声を出して仲間に合図を送る司令塔の役割も想定されていたように思えます。これは、13年6月に、唯さんが右足の切断手術の前に一時復帰して、初めて椅子に座ってステージに登場したときに、サポート役の小坂衣純さんがマイクをつけずに唯さんの隣に座って歌っていた映像を思い起こさせます。「空へ」の前奏と間奏では、唯さんを中心に少女たちが作る花がゆっくりと開花していき、開いた「花」の中から唯さんが現れます。「8月のメリーゴーランド」のダンサーが大きな動きを見せていたのと対照的に、唯さんと一緒に全員が演技するこの曲の振りが手話であるということにも注目です。手話を採用するというアイデアには、ハンディを乗り越えてがんばるメンバーへのエールという意味もあるのかもしれないと思うこともあります。
この14年6月29日の動画は、昨年8/12のツイート
https://twitter.com/masahirokitamra/status/896282019730120704
で紹介していますが、YouTubeのContarex tokyoチャンネルの動画です。14年6月29日に唯さんが義足で立ち上がって「空へ」を歌ったことは、翌月の「8月のメリーゴーランド」の名演にもつながったように思われてなりません。
唯さんは、2015年10月14日に亡くなってしまいましたが、その後、「空へ」での花の開花を現す演出もなくなり、ヘッドセットからハンドマイクに変わって、少人数で歌われるようになってからも、原典版の手話の振りは受け継がれていきます。2017年3月の小坂衣純さんの卒業公演は、会場の花やしき座で見ましたが、その公演の最後にこの曲が歌われたときには、曲の最後、ボーカルを後輩のメンバーにまかせた小坂衣純さん、柳井萌花さんら4人が、目を閉じ、黙とうするような姿勢をとってからゆっくりと、空へ向かって顔をあげるという演出が実行され、当時、別の曲のボーカルを担当していた大橋妃菜さんも、この曲でマイクを持たずに舞台右手に登場し、両手での手話の演技を見せてくれました。
2017年2月に、この曲のメインボーカルを担当した柳井萌花さんは、重圧からか、曲の終盤、上手く声が出なくなってしまうというハプニングがあり、そのときの映像もネットで公開されていますが、2018年4月に再びこの曲のメインボーカルを担当した萌花さんは、最後までしっかりと歌いきり、現在、花やしき少女歌劇団の中心メンバーとして活動を続けています。
16年10月8日の朝日新聞の記事には、15年10月に唯さんが亡くなった直後のことが、次のように記されています。「訃報は、歌劇団の仲間に伝えられた。柳井萌花さんは、記憶がなくなるくらい泣いた。翌日、同じ中学校に通う村岡桃香さんと抱き合った。(中略)告別式の日。歌劇団の少女たちはひつぎを囲んで、歌劇団の代表曲『空へ』を、振りの手話をつけて歌い、唯さんを送り出した」(朝日新聞16年10月8日記事より)

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木村唯さんを中心に少女たちが作る花がゆっくりと開いていく間奏シーン


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♪その歌声


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♪宝物だよ


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♪笑顔の

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♪涙

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♪忘れない


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♪空へ 空へと伸びる
(中央で手を結ぶ3人は、画面左から大橋妃菜さん、木村唯さん、柳井萌花さん)


長く花やしき少女歌劇団で振付、ダンス指導を担当され、17年11月に歌劇団を離れられた足立美幸さんは、17年12月11日のインスタグラムへの投稿
https://www.instagram.com/p/BchvOIaFed5/
で、「『花やしき少女歌劇団』を語る上で欠かせない唯の存在、私が担当し始めた頃から切磋琢磨し共にステージを作り上げた大切な生徒であり仲間。たくさんの事に気付かせてくれ教えてくれた。三回忌を迎えた今も、唯がこの場にいない事は本当に悔しい」と書かれています。

14年夏の「8月のメリーゴーランド」の7人の出演メンバーのうち、現在、ただ一人、歌劇団に残っている柳井萌花さんは、17年5月のツイート
https://twitter.com/MoekaYanai/status/863548491443748864
で、「今日唯ちゃんのお下がり着てる 自分から唯ちゃんの匂いがする とてつもなく嬉しい 今日のステージも頑張れる気がする」と書いています。

〔関連ツイート〕
https://twitter.com/masahirokitamra/status/1007061703584931840
https://twitter.com/masahirokitamra/status/994871148855820289
https://twitter.com/masahirokitamra/status/831449748934496257

〔HP内の関連ページ〕
http://masahirokitamura.my.coocan.jp/merrygoround-l.htm





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花やしきの花壇(2017.8.20撮影)

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花やしきのメリーゴーランド(2017.8.20撮影)

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現在の花やしき少女歌劇団のメンバーの一部(18.3.18、終演後、花やしき通りで撮影)
左から百々香さん、カレンさん、萌花さん、咲彩(さあや)さん、結花さん

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https://youtu.be/KZdaKNFqk-s
https://youtu.be/KZdaKNFqk-s
*「花の少女」(北村正裕作詞・作曲)は、花やしき少女歌劇団で活躍した木村唯さんへのオマージュとして作った曲です。

【追記】
ブログ記事掲載のお知らせツイートしました。
https://twitter.com/masahirokitamra/status/1012593014756106240
https://twitter.com/masahirokitamra/status/1012599984284422145

【18. 7.26追記】
「8月のメリーゴーランド」(織音作詞、蓮沼健介作曲)には、僕の上記のような解釈とは全く別の解釈をしている人も多数いるようです。
それについては、ツイッターの
https://twitter.com/_398_SAKUYA/status/1015986889042509829
から始まるスレッドと、
https://twitter.com/_105_TOKO/status/1017793961451089920
から始まるスレッドをご参照ください。
(18. 7.26追記)

「全然オッケー」最新ライブ映像

僕の歌「全然オッケー」(北村正裕作詞・作曲)を初めてライブハウスで歌ったとき(2010年12月14日)、初めにタイトルを言っただけで、場内にどよめきが起こったのですが、今では、そんなことは全く起こりません。2010年当時は、今と違って、まだ、「全然+肯定形」には違和感を感じる人が多かったということでしょう。おかしな言葉を使うことの面白さを盛り込もうという当時の狙いは、もう、今では通用しないのですが、この歌は、今でも歌い続けています。
言葉の使い方は、時の流れとともに変化しますの、それがいいとか悪いとか、一概には言えないでしょう。とりあえず、「全然オッケー」です!

つい最近登場した、三井のリハウスのCMの中で、亡くなった男性(の幽霊)が遺された家族に「全然オッケー」という台詞を連発していますね。僕の「全然オッケー」とは、まるで違うイメージですが。
それでも、「『全然オッケー』は、2010年の僕の歌のほうが元祖だぞ!」と、言いたくなってしまいます。

TVRニュースというサイトのページ
https://tv-rider.jp/column/2528
によると、上記CMの俳優さんは、笹野高史さんとのこと。

僕の「全然オッケー」は、2016年発売のアルバム「宝石の作り方」に収録されていて、Apple MusicやLine Musicなどの配信サービスやAmazonプライムのストリーミング配信でも聴くことができますが、2018年3月15日のライブ映像を、YouTubeで公開しています。
3月24日の記事
http://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/52430591.html
にも書いてありますが、動画のURLは、
https://youtu.be/5Ypd-8iHGsE
https://youtu.be/5Ypd-8iHGsE
です。

アルバム「宝石の作り方」のCDは、Amazon
https://www.amazon.co.jp/dp/B01BOKTASM/
等で購入できます。また、iTunesやAmazon Musicでダウンロード購入することもできます。

2010年12月14日に初めてこの歌を歌ったライブの日の夜、同じライブの出演者の方のお友だちと思われる方が、ブログ記事
http://blog.livedoor.jp/kamakuramonogatari/archives/1912960.html
で、僕のこの歌について書かれていて、これが、ネットでのこの曲へコメント第1号だと思います。僕のホームページに曲名を記す前の記事なので、曲名表記が「オッケー」でなく「OK」となっていますが、とりあえず、「全然オッケー」です。今後は、「北村正裕の『全然オッケー』」でお願いします。
この他、この歌については、いろいろ、感想など書いていただいているのを見かけることがあります。
楽しんでいただければうれしいです。

〔北村正裕ホームページ(音楽情報用)〕
http://masahirokitamura.art.coocan.jp/

〔北村正裕ツイッター〕
https://twitter.com/masahirokitamra

「火垂るの墓」赤茶色の服の清太、中盤の登場にも注目

13日に日テレで放送された高畑勲監督によるアニメ映画「火垂るの墓」。以前、ビデオ見て以来、久しぶりに見ましたが、一度めには気づけなかった場面にも気づくことができて、とても感動してしまいました。

最初に見たときに印象的だったのはラストシーン。それが、あまりにも印象的だったので、今回の放送の数時間前のツイート
https://twitter.com/masahirokitamra/status/984732180814315520
でそのことを書いておきましたが、清太たちが丘の上から現代の日本の夜景を見ているようなラストシーンのインパクトは、今回も変わらず、あの赤茶色の服の、未来、あるいは別世界から来たような、そして、亡霊のようにも見える清太が、冒頭とラストシーンだけでなく、中盤にも一瞬登場していることに気付いて、その意味について、考えさせられました。

中盤というのは、節子たちの亡くなった母親の着物がおばさんによって処分されるときに節子が大泣きするシーンの直後のシーンです。節子の泣き声を部屋の外で聴いて、大きく目を見開いて呆然とする清太。
このシーンは、何を意味しているのでしょうか?

この物語の中盤では、おばさんのひとつの台詞が隠されていることを考えると、ここでの清太の驚きが何を意味しているのか、手がかりがつかめるような気がします。
物語の終盤で、節子が、おばさんから母親の死を聞いてしまっていたことがわかりますが、節子への思いやりからそれを隠していた清太の気持ちをくみ取った節子は、おばさんから聞いてしまったことを、長い間、清太に言わないでいたことが判明します。では、おばさんが節子に母親の死を告げたのはどのタイミングだったのか?それが、問題の中盤のシーンだったのではないでしょうか?未来から来て、この物語の回想の主である亡霊のような清太がショックを受けたのは、おばさんが節子に母の死を告げてしまったことを初めて知ったことだったのではないでしょうか?節子の泣き声は、着物のことではなく、母の死そのものに対するもので、続いた音声のようにも聞こえる節子の泣き声は、実は、二つの場面の亡き声をつなげたものだったのではないでしょうか?
ここで、映画から隠されているおばさんの声を聴いてしまった清太は、未来から来た清太なので、物語の中の清太は、このことを知らず、だから、終盤で、節子に打ち明けられたときに涙が止まらなかったのでしょう。

では、何故、中盤のこの場面に、あえて、未来から来た清太の驚くシーンが挿入されているのでしょうか?
僕は、これは、清太と節子が、おばさんの家では生きていけないのだということを、作者が視聴者に示すために挿入したシーンだったのではないかと思うようになってきました。「生きる」というのは、単に、生物学的な意味での生命を維持するということではありません。
おばさんの家を出るときの節子の喜びに満ちた姿は忘れることができません。そして、その後も、節子は、それを後悔するようなことは、一切、ありませんでした。そして、節子の食べ物を手に入れるために畑の作物を盗もうとして殴られた末に警察に連れていかれた清太をひそかに追いかけ、釈放された清太を出迎えたときにも、「どこにも行かないで」とだけ訴え、自らの命の限界を悟った節子の最期の言葉は、「兄ちゃん、おおきに」でした。清太にとって、「生きる」ということは、そんな節子の思いにこたえることであり、節子にとっても、「生きる」ということは、清太とふたりでの生活を守ることだったのではないでしょうか?
空襲のどさくさの中で食べ物を盗み食いしたり、畑の作物を盗んで節子に食べさせようとするほどのたくましさを持っていた清太も、節子の死後、もう、「生きる」意味をなくしてしまうと、まもなく、冒頭に示されているように、駅の構内で死んでしまいます。
二人は、戦争の犠牲になった。しかし、それでも、兄妹の愛を貫いた。そして、そのことが、私たちを感動させるのではないかと思えるのです。

22日に朝日新聞の文化・文芸面に掲載された記事で紹介されているところによると、ネット上には、兄妹の死の責任が清太にあるというような意見も見られたとのことですが、彼らは、最後まで懸命に「生きた」のだと、僕は思います。そして、それを強調するために作者が挿入したのが、上記の中盤のシーンなのではないかと思うようになりました。
朝日新聞の記事には、「ネット上の応酬」というのが、ネット上のどのサイトのものなのか書かれていませんが、映画公開当時の「アニメージュ」誌に掲載された高畑監督のインタビューが注目されたという記述を手掛かりに探してみたところ、これについては、匿名掲示板「5ちゃんねる」の中の
「高畑勲「火垂るの墓を観た若者が西宮のおばさんを擁護する意見が大勢を占める時代がもし来たら恐ろしい」」というスレッド
https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/news/1523726291/
が該当ページのひとつである可能性があるように思います。

asahi180422e
4月22日付け朝日新聞記事の一部

ツイッターを見る限りは、今のところは、「西宮のおばさんを擁護する意見が大勢を占める」という状況ではないと思います。

〔北村正裕ツイッター〕
https://twitter.com/masahirokitamra

〔北村正裕ホームページ〕
http://masahirokitamura.my.coocan.jp/

「新世紀エヴァンゲリオン」TV版&映画(劇場版完結編)動画無料配信

4月30日から5月6日まで、AbemaTVで、アニメ 「新世紀エヴァンゲリオン」TVシリーズと映画(劇場版完結編)動画が無料配信されるようです。

「エヴァ・インフォメーション」のページ
http://www.eva-info.jp/4184
ツイート
https://twitter.com/eva_information/status/989368616071020544
に情報が出ています。

BD、DVDを持っていない人にとってはチャンスかもしれませんね。

「新世紀エヴァンゲリオン」については、HPの中の「エヴァンゲリオンの基礎解説」のページ
http://masahirokitamura.my.coocan.jp/eva-g.htm
にも書いたように、TVシリーズの第弐拾壱話から第弐拾四話ついては、放送(オンエア)バージョン(OAフォーマット版)とビデオフォーマット版には違いがあるので、放送版をご覧になってから、興味感じた方には、放送後に修正されて発表されたビデオフォーマット版もご覧になるとよいと思います。また、映画「シト新生」の一部である「DEATH」については、1997年の公開時の原典版が1998年の上映に際して改訂され「TRUE2」バージョンと呼ばれるものになり、今回配信されるものもそのバージョンですが、2015年に発売されたBDボックスには、原典版の映像もはいっていて、これについては、Amazonの商品ページに、2015年8月25日に、「DEATH原典版、ラストシーン別台詞版等貴重な映像」というタイトルでカスターレビュー
https://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R14NTUXS42DGMP/
を書いておきましたので、ご参照ください。

三一書房版「エヴァンゲリオン解読」(北村正裕著)の文庫版として、2010年に発行された「完本 エヴァンゲリオン解読」(静山社文庫)が、2015年8月の重版で第2版が出たさいに、上記BDボックスの情報を含めて、ビデオソフトの情報を載せています。
これについては、当ブログの15年8月の記事
http://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/52375383.html
に書いてあります。

この本について、最近でも、読者の方のツイート
https://twitter.com/chiharutamago/status/923366958606647297
などに感想が書かれています。
また、三一書房版についても、
https://twitter.com/tadasunakaragi/status/958686012556812288
などに感想が載っています。
97年ごろには、大量の「エヴァ本」が出版されていましたが、そのことについての感想が、つい最近の読者のツイート
https://twitter.com/5wfhNJKVzGvaBZ2/status/987142554666680320
に載っています。

〔HPのエヴァンゲリオンコーナー〕
http://masahirokitamura.my.coocan.jp/eva.htm

〔北村正裕ツイッター〕
https://twitter.com/masahirokitamra

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