北村正裕BLOG

【北村正裕のナンセンスダイアリー】童話作家&シンガーソングライター、北村正裕のブログです。 執筆情報用ホームページ(童話作家・北村正裕のナンセンスの部屋) http://masahirokitamura.my.coocan.jp/ と、音楽情報用HP(北村正裕アート空間) http://masahirokitamura.art.coocan.jp/ もよろしく。 ツイッターアカウントは「@masahirokitamra」です。

ライブハウスデビュー10周年記念ワンマンライブ告知映像公開

3月5日北村正裕ライブハウスデビュー10周年記念ワンマンライブ告知映像を公開しました。



YouTube、1分バージョンです。
https://youtu.be/I8d93djt3ZQ
https://youtu.be/I8d93djt3ZQ

BGMは「全然オッケー」(北村正裕作詞・作曲)の一部で、音源は、アルバム「宝石の作り方」(2015年ライブ録音、2016年発売)の音源を使い、映像は、2018年12月のライブビデオ(Iwoo NIGATAでのライブ)からとった画像を組み合わせて作りました。

ツイッターでは45秒バージョンも公開しました。
https://twitter.com/masahirokitamra/status/1080405597751668736

フラ―ヤ―画像は10月13日の記事
http://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/52439229.html
にあります。

ライブ情報は、音楽用ホームページのライブ情報のページ
http://masahirokitamura.art.coocan.jp/live-s.html
に掲載しています。

〔北村正裕ホームページ紹介サイト〕
https://masahirokitamura33.wixsite.com/masahirokitamura

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2019年3月5日北村正裕ライブハウスデビュー10周年記念ワンマンライブフライヤー画像

パリのパロディ満載の英国ロイヤル・オペラ、マクヴィカー演出「ファウスト」映像紹介

英国ロイヤル・オペラの2019年9月の日本公演でマクヴィカー演出の「ファウスト」(グノー作曲)がアントニオ・パッパーノの指揮で上演される予定と発表されていますが、2010年にヨーロッパで限定発売されたライブ映像(ワーナーレーベル、指揮=パッパーノ、、出演=アラーニャ、ゲオルギュー他)のDVDを見ると、この英国ロイヤル・オペラのマクヴィガー演出の「ファウスト」には、このオペラを最も多く上演しているパリ・オペラ座、そして、パリという街そのもののパロディが満載です。そして、このユニークな演出を理解するためには、それなりの予備知識が必要だと思われるので、このDVDの映像を少し紹介しながら、自分なりの解説(演出についての解釈)を書いておきます。なお、このDVDは、限定盤で、既に在庫切れの店も多いと思いますが、一部のネットショップでは、まだ、入手可能のようです。「FAUST PAPPANO DVD」で検索すると見つかると思います。英語、ドイツ語、フランス語の作品解説のブックレットがついていますが、日本語解説や字幕はついていません。

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英国ロイヤル・オペラ「ファウスト」(2010年発売)のDVDジャケット画像

まず、第1幕のファウスト博士の書斎の場で、左奥のカーテンが、パリ・オペラ座(ガルニエ宮)の緞帳と同じ特徴あるデザイン。悪魔メフィストフェレスがファウストにマルガレーテの幻影を見せるシーンでは、この緞帳が上がってその奥からマルガレーテが登場するという演出。マルガレーテが、パリ・オペラ座で上演される舞台の虚構の存在であることを強調するような演出です。

パリ・オペラ座(ガルニエ宮)の緞帳は、とても特徴があるため、ひと目見れば、それとわかるものですが、ご覧になったことがない方は、ネット上にある写真をご覧になっておくとよいと思います。
パリの旅行案内のウェブサイトなどに載っていることがあり、例えば、現在、USNewsというウェブサイトのパリ旅行のページ
https://travel.usnews.com/Paris_France/Things_To_Do/Palais_Garnier_Opera_National_de_Paris_24221/
で見ることができます。

第2幕の広場のシーンは、何と、「キャバレー・アンフェール(CABARET L`ENFER)」。台本では純朴なイメージのマルガレーテが、祭りの広場でファウストと会うことになっていますが、マクヴィガー演出では、マルガレーテは、このキャバレーで、客としてやって来たファウストに出逢うということになっています。「アンフェール(ENFER)」は、地獄という意味なので、このキャバレーの名を直訳すれば「キャバレー・地獄」ということになりますが、「アンフェール(ENFER)」は、パリの実在の地名です。オペラファンであれば、誰もが知っていると言ってもよいパリを舞台にしたプッチーニの名作「ラ・ボエーム」第3幕の舞台がアンフェールの税関((LA BARRIERA D`ENFER)という設定になっています。現在ではアンフェールの税関は、もう、なくなっていますが、ダンフェール広場(Place Denfert Rochereau)という名の広場があり、小瀬村幸子訳による「ラ・ボエーム」の対訳本(2006年、音楽の友社)P.123によると、この広場が、アンフェールの税関があった場所だとのことです。「

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NBSの宣伝パンフ「NBS News」Vol.356の第1面に掲載されたマクヴィガー演出「ファウスト」第2幕の舞台写真

第5幕前半のワルプルギスの場では、舞台上で魔女たちがバレエの衣装で踊るシーンがありますが、この場面の演出は、舞台美術も含めて、完全に、パリ生まれの代表的ロマンティック・バレエの名作「ジゼル」(初演=1841年、作曲=アダン)第2幕のパロディ。しかも、その舞台美術の紗幕が下りてくる前、舞台の奥に見えているのは、パリ・オペラ座(ガルニエ宮)の客席側を模した舞台美術。パリ・オペラ座・ガルニエ宮は、天井のシャンデリアやシャガールによる天井画など、豪華な建築作品としても有名です。
第1幕とは逆に、客席側が舞台という演出になりますが、舞台上のダンサーは、まるで、観客のように笑い声をあげる場面が何度かあります。いつのまにか、観客が虚構の世界にいるというようにも解釈できるかもしれません。そして、このことは、ラストが、ファウストの夢落ち的な演出になっていることにもつながっているようにも思えるのですが、ワルプルギスの場の演出が、バレエ「ジゼル」第2幕のパロディになっていることの説明を少し書いておかなければいけません。
バレエ「ジゼル」のヒロイン、ジゼルは、恋人のアルブレヒト(アルベルトと呼ぶプロダクションもあります)に裏切られたショックで第1幕で命を落とし、第2幕では、ウィリという、いわば、幽霊となって、墓のある森の中に登場します。ウィリたちは、みな、結婚前に命を落とした女性たちです。そして、ミルタというウィリの長の指示で、森にやってくる男を沼に落として命を奪うのです。そして、ジゼルに想いを寄せていた森番のヒラリオン(ハンスと呼ぶプロダクションもあります)がジゼルへの想いからジゼルの墓のある森にやって来たところを捕まえて、実際に沼に落としてしまいます。
ジゼルの墓は、台本(福田一雄著「バレエの情景」-1984年、音楽の友社-に収録されたもの)では、「下手の糸杉の下に白い大理石の十字架があり、ジゼルという名前がきざんであり」とあり、舞台の左手という位置や、十字架の形という設定は、今でも多くのバレエ団が引き継いでいます。

現在、INDEPENDENTのサイトのページ
https://www.independent.co.uk/arts-entertainment/books/reviews/giselle-royal-opera-house-marianela-nu-ez-a8172791.html
で、英国ロイヤルバレエによる「ジゼル」第2幕で十字架の形の墓の前でジゼルが踊るシーンの写真を見ることができます(写真右はアルブレヒト)。

マクヴィカー演出の「ファウスト」第5幕前半では、これを模した舞台美術の前で、ウィリのパロディと思われるダンサーたちが踊ります。
ジゼルのパロディとしてのマルガレーテが、身ごもった姿で現れ、他のウィリたちが、彼女にあざけりの笑いを浴びせ、それを見るファウストは、頭をかかえて苦悩します。また、左手には、パリ・オペラ座のバルコニー席を模したと思われる客席まで設けられていて、そこの「観客」と舞台上でダンサーに鞭をふるう男が、かつて、娼婦同然の身分だったダンサーの歴史を思わせ、それが、マルガレーテの悲劇に重ねられているように見えます。

このように見ていくと、一見、過激な演出も、決して、ただ、ふざけているだけというわけではなく、第1幕から終幕まで、一貫性があり、演出家の意図が見えてきます。しかし、パリ・オペラ座(ガルニエ宮)の緞帳や客席天井の特徴、アンフェール(ENFER)という地名、そして、バレエ「ジゼル」の舞台などについての知識がないと、この演出の面白さが理解できないと思うので、今回、日本公演が行われる年の初めにあたって、このようなブログ記事を書くことにしたという次第です。9月の日本公演をご覧になる方々の参考になればさいわいです。

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-1990年にパリで購入したパリ・オペラ座(ガルニエ宮)の客席ホールの絵はがき-

ワルプルギスの場の演出に戻って、ウィリたちが捕えるのは、ヒラリオンではなく、何と、血まみれのバレンティン(マルガレーテの兄)。そして、ウィリたちは、前の幕でファウストとの決闘で刺されたバレンティンに決闘の剣を突き付けて、嘲笑のような笑い声を浴びせます。
ワルプルギスの場には、1868年にパリ・オペラ座での上演のために追加作曲されたバレエ音楽7曲が、パリ・オペラ座以外での上演でも挿入されることがありますが、このマクヴィガー演出もそのひとつ。2015年のパリ・オペラ座・バスティーユでのヴェスペリーニの新演出では、ここのバレエ音楽のうち、使用されたのは、第7曲だけでしたが、パリのパロディを全面に出すマクヴィカー演出では、7曲中4曲を使用しています。なお、1858年にパリのテアトル・リリックで初演された当時のオペラ「ファウスト」は、ワルプルギスのバレエ音楽がなかっただけでなく、今日上演されているものとは、かなりの違いがあったようです。これについては、「オペラ「ファウスト」(グノー作曲)の音楽改訂の経緯などについて」のページ
http://masahirokitamura.my.coocan.jp/faust.htm
をご参照ください。

このようなパロディ満載のユニークな演出に引っ張られたためか、パッパーノの指揮が、気合ははいっているものの、彼本来の抒情性を欠いているように感じる演奏になってしまっていることろがあり、ラストのマルガレーテ、ファウスト、メフィストの三重唱は、テンポが速すぎて、作品の味を十分に出せていないように感じてしまうのですが、同じ演出で上演されたベニーニ指揮による演奏の録音がNHK-FMで放送されたときにも、同じ場面の演奏が淡泊な感じがしました。ですが、パッパーノは、2012年のドヴォルザークの交響曲「新世界より」のライブ録音などで、その抒情性豊かな演奏の実力は実証済みの指揮者ですから、2019年の日本公演では、2010年のライブ録音とは違った抒情性を感じさせる演奏を期待したいと思います。会場として予定されている東京文化会館大ホールにはパイプオルガンがなく、電子オルガン、PA装置を使うことになるのでしょうし、このことが、日本でのこの演目の本格上演を阻んでいる最大の要因ではないかと思うのですが、それでも、一流指揮者による貴重な日本公演になることでしょう。

ラストで、メフィストフェレスが天使に合図をして、ゆっくり地下に沈んで去っていくというシーンは、最後に現れる書斎のファウスト以外がすべて劇中劇、ファウストの夢想であることを示唆していうるように思えます。怯えたようなファウスト。それをどう解釈するかは、観客にゆだねられているのでしょう。

日本公演の前の2019年4月には、現地、英国ロイヤル・オペラ・ハウスで、同演目が、ダン・エッティンガー指揮、ファビアーノ、ダムラウ他の出演で上演されるようで、その最新映像が、6月14日から6月20日まで、シネマ上映されるようですので、2010年のDVDが手に入らないという方や、日本語字幕付きの映像で「ファウスト」のマクヴィカー演出を見ておきたいという方には、こちらのシネマ上映をご覧になるのもよいかもしれません。

いずれにしても、9月には、いよいよ、日本公演です。グリゴーロ、ヨンチェヴァ他の出演が発表されています。

なお、2015年にパリ・オペラ座・バスティーユで上演されたヴェスペリーニによる新演出の「ファウスト」については、ホームページの中のページ
http://masahirokitamura.my.coocan.jp/faust-paris2015.htm
と、ブログ記事
http://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/52361739.html
をご参照ください。

〔ホームページ内のバレエ・オペラコーナー〕
http://masahirokitamura.my.coocan.jp/swanlake.htm

〔NBSによる日本公演チケット情報のツイート〕
https://twitter.com/NBS_opera/status/1078634775672279041

〔パッパーノ関連のツイート〕
https://twitter.com/masahirokitamra/status/987551212286369792

〔英国ロイヤル・オペラ・ハウス・シネマの公式サイト〕
http://tohotowa.co.jp/roh/

〔北村正裕ホームページ紹介サイト〕
https://masahirokitamura33.wixsite.com/masahirokitamura

ライブハウスデビュー10周年記念ライブのフライヤー

来年、2019年35()に、ライブハウスデビュー10周年記念ワンマンライブをやることになり、そのフライヤー(チラシ)が完成しました。

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北村正裕ホームページの他、フェイスブックページの投稿、LINE@(ID= @lgz4605z )のホーム投稿にも掲載していますので、それぞれのユーザーの方には、シェアしていただけるとありがたいです。

ホームページ(音楽情報用)
http://masahirokitamura.art.coocan.jp/

HP、ツイッター等の紹介サイト
https://masahirokitamura33.wixsite.com/masahirokitamura

教育勅語支配に抵抗した武蔵高校とOB柴山文科相の勅語評価発言

柴山昌彦文科相が就任早々、教育勅語について「道徳などに使うことができる分野は十分にある」と発言したことが、4日の朝日新聞などで報道されていますが、柴山文科相の出身高校である武蔵高校は、戦前の教育勅語・天皇中心教育に抵抗した気骨ある学校であったことを考えると、さらに情けない発言だと感じてしまうのは僕だけでしょうか?

「96条改変国民投票の前に」というタイトルのフェイスブックページの17年6月28日の朝日新聞記事を引用した投稿
https://www.facebook.com/96tiaoGaiBianGuoMinTouPiaonoQianni/posts/844990462306411
を見ると、
「教育勅語発布の翌年(1891年)、文部省は全国の小学校で紀元節(2月11日)や天長節(天皇誕生日)などの祭日に御真影を掲げて最敬礼し、教育勅語を「奉読」する儀式を行うよう定めた」
と、ある一方、
「私立の7年制旧制高校だった東京の武蔵高校(現武蔵高等学校中学校)は、文部省の問い合わせに「本校にはいまだ奉安所の設置がないので、報告する事項がありません」と答えた。武蔵高ではついに御真影を受け取らず、奉安殿も作られなかったのだ」
とあり、武蔵高校が、戦前の教育勅語・天皇中心教育に抵抗した気骨ある学校であったことが書かれています。

同様の記事は、「ちきゅう座」というブログの17年6月30日の記事
http://chikyuza.net/archives/74224
にもあります。

もちろん、出身校の歴史や教育方針に忠実である必要など毛頭ありませんが、気骨ある出身校の歴史とは裏腹に、大臣就任早々、現政権の中心人物たちにすり寄るような発言が出てくるのは、何とも皮肉。

この武蔵高校は、今では、武蔵中学校とともに、完全な中高一貫校になっているようですが、一時期は、高校進学時に40人の追加募集枠を設けていて、僕は、その40人枠で高校進学時にこの高校に入学した同校卒業生です。ちなみに、かつて、僕が、初めてギターを買ったときに楽器店まで同行してくれた旧友について、14年6月18日のブログ記事
http://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/52334379.html
に書きましたが、そこで紹介した旧友(五神真君)も、同じ40人枠で高校進学時に武蔵高校に入学した同期生(2~3年時の同級生)です。

実は、武蔵高校が、戦前から教育勅語支配に抵抗していたことは、僕が、この高校を進学先にに選んだ動機のひとつでした。中学生だった当時は、親が学校で聴いてきた説明を聞いただけでしたが、今、それに触れた記事を読むと、改めて、たいしたものだと感心してしまいます。もちろん、それだけが、入学先に決めた動機ではありません。もっと、感心したのは、この高校が、選抜に内申書(調査書)を決して使わないことの証として、入学試験の合格発表まで中学校の調査書を受け取らないという方針であったことでした。当時は、「カッコイイ!」という程度の認識でしたが、今では、調査書(内申書)による選抜は、思想統制につながる危険なものだと考えています。僕の創作『何もない遊園地』には、特に、その第1話に、そういう思想が色濃く反映されていると思うので、興味持っていただける方には、是非、お読みいただきたいと思います。『何もない遊園地』は、96年に執筆し、2013年に一度、電子出版した後、2017年に加筆して、「2017年版」として、Amazon Kindle版を電子出版しています。Kindleストア
https://www.amazon.co.jp/dp/B074RGSR8Y/
で購入できます。

話を柴山文科相の発言に戻しますが、「同胞を大切にするとか、国際的な協調を重んじる」といったことを言うのに、わざわざ教育勅語を持ちだす必要などないはずだと思います。上記の17年6月の朝日新聞記事の引用記事などを見ても、教育勅語というのは、天皇中心教育の象徴的存在だったと言えるだろうと思います。

もとより、出身学校で人物を判断するなど、全くバカげたことですが、今回の柴山氏の発言は、皮肉にも、そういう話をするのにうってつけの例を提供する結果になったように思います。
この高校のOBの中には、これまでも宮沢元首相など、政府の責任ある仕事を務めた人たちはいますが、このような責任ある役職への就任早々、これほど「情けない」と感じさせる発言をしたOBは、過去に記憶にありません。

〔北村正裕ホームページ等の案内サイト〕
https://masahirokitamura33.wixsite.com/masahirokitamura

ペローの「赤ずきん」とグリム童話「オオカミと七ひきのこやぎ」そして辻村深月作「かがみの孤城」

昔、ペローとグリムの「赤ずきんちゃん」を(邦訳ですが)読み比べて、グリム童話決定版の「赤ずきん」は、フランス民話を基にしたペローの「赤ずきん」(赤ずきんがおおかみに食べられておしまい)に、ドイツのメルヘン「狼と七ひきの小やぎ」の結末(母やぎがおおかみの腹を切り裂いて呑み込まれた子やぎを救い出し、おおおかみの腹に石をつめこむ)が(救出されるのは赤ずきんとおばあさんで、救出するのは猟師と)変形してくっついたものなのだということを知り、最近、辻村深月作「かがみの孤城」(2017年)の序盤を読みながら、何となく、そのことを思い出していたら、この「かがみの孤城」、その「狼と七匹の小やぎ」が謎解きのキーになっているらしいということが中盤あたりから感じられ、なんと、実際、その通りでした。さらに、「赤ずきん」との関係もひと役買っていました。

鈴木晶著「グリム童話」(講談社現代新書、1991年)には、次のような記述もあります。

「ご存じのように、ペローの『赤ずきん』は少女が狼に食べられてしまうところで終わるが、グリム童話だと、赤ずきんとおばあさんは狼の腹から『復活』し、狼は腹に石を詰められる。(中略)この結末はドイツのメルヘン『狼と七匹の子山やぎ』からの借用である」
(鈴木晶著「グリム童話」-講談社現代新書、1991年-P.106より)

また、相澤博著「メルヘンの世界」(講談社現代新書、1969年)の第5章「狼のメルヘン」では、「狼と七匹の子山羊」と「赤ずきん」の二作が取り上げられ、グリムの「赤ずきん」について、
「満腹して眠った狼が腹をさかれ、代わりに石をつめこまれて死んでしまうのは、『狼と七匹の小山羊』の終わりと同じである」
(相澤博著「メルヘンの世界」-講談社現代新書、1969年-P.150)
と指摘され、グリムより古いペローの「赤ずきん」では「狼に食われて話は終わりとなる」こともP.160で指摘されています。

さて、その「オオカミと七ひきの仔山羊」が謎解きのキーになっている辻村深月さんの長編ファンタジー小説「かがみの孤城」、これまでに読んだ長編小説で、これほど感動的なものは記憶にないと言ってよいほど素晴らしいものでした。あのメルヘンから、こんな素晴らしいファンタジーが生まれるなんて!

たとえば、あの歴史的名作、フィリパ・ピアスの「トムは真夜中の庭で」をも上回る傑作だと感じました。
「トムは真夜中の庭で」がトムとハティの二人の物語であるのに対して、「かがみの孤城」は、謎の城にやってくる7人+1人(合計8人)の物語です。そのうち安西こころが主人公であることは最初からはっきりしていますが、他の7人のうちの数人が準主役級の重要人物だということ、その人物たちの驚くような秘密が最終盤で劇的に明かされ、この秘密が明かされた瞬間の感動は「一生もの」かもしれないので、読みおわるまで、なるべくネタバレ情報が目に入らないように気を付けたほうがよいかもしれません。ラストは思わず涙が出てしまいますが、しかも、そういう感動的な秘密の開示が一度でなく、終盤で波状的に続くので、圧倒されます。というわけで、ここでは、ネタバレになりそうなことは避けて、謎解きとは関係のないことを少し。

この物語には、不登校の子ども達の居場所として今日では認知度が高まってきている「フリースクール」の先生が、重要な人物として登場しますが、そうしたフリースクールの先駆け的な存在と言える「東京シューレ」が1985年6月24日に奥地圭子先生によって設立されたとき、塾の教師を始めてまもない時期だった頃の僕は、その設立に賛同し、設立直後の7月2日に見学させていただき、そのときの「見学記」が、「東京シューレ通信」第1号に掲載されており、それは、今でも、東京シューレに保管されています。そのことは、今年2月4日のブログ記事
http://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/52428451.html
に書いてありますが、当時は、画期的だったフリースクールも、その先生が小説の重要人物として登場するまでに認知度が上がったことに感懐も覚えます。今年1月26日に東京シューレで行われた講演の中で、奥地先生は「東京シューレは歴史を作ってきた」と話されていましたが、本当にその通りだと思います。

「かがみの孤城」の出版は2017年ですが、「asta*」での連載は2013年~2014年ということなので、2016年公開のアニメ映画「君の名は。」(新海誠監督)より「かがみの孤城」のほうが先にできていたということになりますが、あの「君の名は。」で「泣いた」という人は、「かがみの孤城」の場合、ラストが近づいたら、タオルと水分補給用の水を用意したほうがいいかもしれませんよ。熱中症対策みたいですね。僕は、「君の名は。」では泣くことはありませんでしたが、「かがみの孤城」では、感動のあまり涙を抑えられませんでした。

グリム童話との関係の話に戻って、「オオカミさま」が城に集まる7人を「赤ずきんちゃん」と呼ぶことについて、物語の後半でリオンが「フェイクじゃないか」と発言していますが、この「フェイク」は、主に、読者に対するフェイクかもしれませんね。謎を隠すための。それでも、「おおおかみと七ひきの子やぎ」に関係がありそうだということには、かなり早い段階で見当がついてしまいますが、あのからくりには気づけませんでした。後半にはいると、結末を予想するより、早く続きを読もうという気持ちが強くなってしまいますからね。その謎が解けて、涙をぬぐって油断していると、最後に、もう一段、強烈で感度的なラストが待っているので圧倒されます。このラストシーンを予想できた人は、ほとんどいないのではないでしょうか?
これから読む人は、くれぐれも、最後のほうを先に見ることがないようにご注意を!

〔関連ツイート〕
https://twitter.com/masahirokitamra/status/983919261847441413
https://twitter.com/masahirokitamra/status/1000312397876281345

〔北村正裕ホームページ案内サイト〕
https://masahirokitamura33.wixsite.com/masahirokitamura

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