宮崎駿監督(原作・脚本・監督)による、スタジオジブリ制作のアニメ映画「となりのトトロ」(1988年)では、主人公姉妹の妹のメイが迷子になって姉のサツキが捜しに出かけたとき、「どこから来た?」とたずれられて「松郷」と答えるシーンがあり、また、そのサツキのためにトトロが呼んだネコバスの行き先表示がくるくると変わって「めい」という表示になる直前に「牛沼」という地名が出ますが、この、「松郷」と「牛沼」は、埼玉県所沢市に実在している地名であり、このふたつの地区は、東川(あずまがわ)をはさんで南東側に松郷、北西側に牛沼というように互いに隣接しています。そして、その境界の東川沿いの牛沼側には、所沢市立東中学校(ひがしちゅうがっこう)があって、実は、僕は、この学校の卒業生です。つまり、この地域の周辺で子ども時代を過ごしています。そんなこともあって、昨年のテレビでの「トトロ」放映を機に、これらの地域の現在の風景を見たくなって、先日、三十数年ぶりに松郷、牛沼地区を散策し、写真も撮ってきました。
予想はしていたことですが、かつて存在していた「自然」は、その多くが失われて、風景はかなり変わってしまっていました。1970年ごろには、牛沼の北東部には森林が残っていて、ここで、クワガタをとって遊んだり、巨大な毒キノコを発見したり、スズメバチの巣に遭遇したりしましたが、今では、そこも、木々の一部が残っているだけで、かつての森の中を大通りが走っていました。また、かつては、牛沼の中央部には、「トトロ」にでてくるクスノキのような巨大な木がありましたが、それも、今はなく、やはり、大通りが走っていました。東川や一部の茶畑などは健在でしたが、もはや、牛沼地区を「トトロの森」と呼ぶことはとてもできないなあと、実感しました。現在「トトロの森」と呼ばれている狭山丘陵は、ここから、西方向に5~10キロ程度離れた地域です。アニメの中の電話機の使い方を見ると、時代は、僕が生まれるよりも前の、古い時代が想定されているようです。
ところで、この作品の中盤の木の実が芽を出すシーンで、トトロが見せてくれた夢について、姉妹が「夢だけど夢じゃなかった!」と何度も叫びますが、この台詞は、この作品の中でとても重要な台詞だと思います。トトロとネコバスが見せてくれるシーンは、夢と現実の中間なのだということ。これは、生と死の中間の世界という意味にもとれるし、「現実のようでも現実じゃない」という解釈にもつながるものでしょう。そういえば、ネコバスには、宮沢賢治の童話「銀河鉄道の夜」の中の列車のイメージが感じられます。ネコバスの姿は、「注文の多い料理店」などの賢治の童話に出てくる山猫のイメージに重なりますし、一時、池に落ちたのではと心配されたメイの捜索シーンは、「銀河鉄道の夜」での沼で溺れたカンパネルラの捜索シーンのイメージと重なります。そして、「銀河鉄道」は、死の世界へ旅立つカンパネルラが乗る列車であり、友人のジョバンニが途中まで同行して見送ってから地上に戻る物語であり、この世とあの世をつなぐ鉄道という性格がはっきりしています。そして、「トトロ」では、後半で、姉妹の入院中の母親の容態急変が示唆され、ひとりで病院に向かおうとして迷子になったメイをサツキが捜し、トトロが呼んでくれたネコバスに乗って無事にメイを見つけだし、さらに、ネコバスに乗って、ふたりで病院へ向かうのですが、ラストシーンで、病院の庭から二人が見たのは、予想外に元気そうな母親の姿でした。姉妹の気配は感じられても姿を見ることができない母親の病室の窓辺に、メイのトウモロコシの贈り物を置いて、姉妹が再びネコバスに乗って帰路につくところで物語は終わりますが、このラストシーンが夢なのかどうかは、解釈は視聴者にゆだねられていると言えるでしょう。
エンディングテーマとともに現れる絵のような幸せな結末をイメージすることもできますが、上記の「夢だけど夢じゃない!」という、夢と現実の中間のシーンであると考え、また、上記のようなネコバスの性格を考えれば、ここで母親の死が暗示されているようにも思えます。行き先表示に「牛沼」とでる二つ前には「墓道」という表示が一瞬でることにも注目したいところです。そして、このエンディングが母の死を暗示しているとすれば、死というのは単なる消滅ではなく、ネコバスに乗って姿を見に行くこともできるし、贈り物を届けることもできる世界への旅立ちなのだということを、この物語は語っているように思えます。それは、通常、「夢」と言われるものですが、この物語は、こう語るのです。「夢だけど夢じゃなかった!」と。
ここで、ひとつ注意しておきたいのは、「銀河鉄道の夜」で沼で溺れたカンパネルラと違って、メイの場合には、池に落ちたのではと心配されただけで、実際には落ちていないということです。心配の唯一の根拠は、池で見つかったサンダルでしたが、駆けつけたサツキは、安堵の表情で「メイのじゃない!」と断言しています。ここの表情は、僕には、決して、無理に本当の事実を否定しようとしているようなものには見えません。ですから、僕は、ネット上の多くのブログ記事にあるような「都市伝説」とも呼ばれているメイ死亡説には否定的です。物語が誰かの悲しい死を暗示しているとすれば、それは、やはり、姉妹の母の死なのではないでしょうか?

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松郷と牛沼地区の境界を流れる東川(あずまがわ)(2013.2.28)*左が牛沼、右が松郷

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松郷側(南側)から東川越しに牛沼地区内の所沢市立東中学校を望む(2013.2.28)

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牛沼地区内の茶畑(2013.2.28)*右下に「牛沼」という地名表示が見えます(クリックで拡大できます)


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北側から見た牛沼地区内の東中学校(2013.2.28)*後方は、松郷地区内の鉄塔


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牛沼地区内の東中学校校舎建築当時の写真(1971年)*後方は松郷地区内の鉄塔


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牛沼東部の鉄塔(2013.2.28)*鉄塔の位置に注目して1971年の同じ場所の写真と比較して下さい


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牛沼東部の鉄塔(1971年)*鉄塔の位置に注目して2013年の写真と比較して下さい



ここで、「となりのトトロ」に関するブログ記事をいくつか紹介しておきます。
まず、
「となりのココロの里山ブログby周」の2011年3月29日の記事
http://shusan0630.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/2010-3fd5.html
に、グループで、「『となりのトトロ』の舞台"松郷"・"牛沼"」を歩いたというレポートがあります。

「blog 荷風!」の2008年4月の記事
http://nihonbungeisha.cocolog-nifty.com/kahooblog/2008/04/post_bf01.html
には、「トトロの里」として、所沢市松郷を訪ねたというレポートが写真付きで掲載されています。

「cles::blog」の2012年7月」の記事
http://blog.cles.jp/item/5085
では、所沢に隣接する東京都東村山市にある「八国山緑地」が「トトロ」で姉妹の母が入院していた「七国山」のモデルだろうということで、八国山緑地の写真が掲載されています。

さて、ネット上の多くのブログに、「トトロ」について、「都市伝説」とも呼ばれるメイ死亡説が書かれていますが、
「怖い話」の2012年5月の記事
http://fiercestory.blog.fc2.com/blog-entry-10.html
も、そのひとつです。

こういう説に対して、制作会社のスタジオジブリの公式ブログの2007年5月1日の記事
http://www.ghibli.jp/15diary/003717.html
には、
「かかってくるのはなぜか「トトロは死神なんですか?」という一般の方からの問い合わせばかり。みなさん、ご心配なく。トトロが死神だとか、メイちゃんは死んでるという事実や設定は、「となりのトトロ」には全くありませんよ。最近はやりの都市伝説のひとつです。誰かが、面白がって言い出したことが、あっという間にネットを通じて広がってしまったみたいなんです。「映画の最後の方でサツキとメイに影がない」のは、作画上で不要と判断して略しているだけなんです。みなさん、噂を信じないで欲しいです。 ...とこの場を借りて、広報部より正式に申し上げたいと思います」
というコメントが掲載されています。

そして、
「佐藤秀の徒然幻視録」の2010年8月の記事
blog.livedoor.jp/y0780121/archives/50498445.html
には、ジブリのブログの2007年5月1日の記事が引用されています。

【2016.10.29追記】
2016年7月にKindle版で電子出版した『歌う童話作家のC型肝炎闘病二十年』第8章の中にも「となりのトトロ」の紹介がありますのでも興味お感じの方はご参照ください。
『歌う童話作家のC型肝炎闘病二十年』についての紹介記事
http://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/52398364.html
は、16年7月17日に掲載しています。
「となりのトトロ」は、2年に一度くらい、日テレの金曜ロードショーで放送されていて、前回は、2014年7月11日に放送されました。
(関連ツイート=
https://twitter.com/masahirokitamra/status/487539481847685120 )
今年(2016年)も、まもなく、11月4日21:00から放送されるようです。
(2016.10.29追記)

merrygoroundprg