昔、ペローとグリムの「赤ずきんちゃん」を(邦訳ですが)読み比べて、グリム童話決定版の「赤ずきん」は、フランス民話を基にしたペローの「赤ずきん」(赤ずきんがおおかみに食べられておしまい)に、ドイツのメルヘン「狼と七ひきの小やぎ」の結末(母やぎがおおかみの腹を切り裂いて呑み込まれた子やぎを救い出し、おおおかみの腹に石をつめこむ)が(救出されるのは赤ずきんとおばあさんで、救出するのは猟師と)変形してくっついたものなのだということを知り、最近、辻村深月作「かがみの孤城」(2017年)の序盤を読みながら、何となく、そのことを思い出していたら、この「かがみの孤城」、その「狼と七匹の小やぎ」が謎解きのキーになっているらしいということが中盤あたりから感じられ、なんと、実際、その通りでした。さらに、「赤ずきん」との関係もひと役買っていました。

鈴木晶著「グリム童話」(講談社現代新書、1991年)には、次のような記述もあります。

「ご存じのように、ペローの『赤ずきん』は少女が狼に食べられてしまうところで終わるが、グリム童話だと、赤ずきんとおばあさんは狼の腹から『復活』し、狼は腹に石を詰められる。(中略)この結末はドイツのメルヘン『狼と七匹の子山やぎ』からの借用である」
(鈴木晶著「グリム童話」-講談社現代新書、1991年-P.106より)

また、相澤博著「メルヘンの世界」(講談社現代新書、1969年)の第5章「狼のメルヘン」では、「狼と七匹の子山羊」と「赤ずきん」の二作が取り上げられ、グリムの「赤ずきん」について、
「満腹して眠った狼が腹をさかれ、代わりに石をつめこまれて死んでしまうのは、『狼と七匹の小山羊』の終わりと同じである」
(相澤博著「メルヘンの世界」-講談社現代新書、1969年-P.150)
と指摘され、グリムより古いペローの「赤ずきん」では「狼に食われて話は終わりとなる」こともP.160で指摘されています。

さて、その「オオカミと七ひきの仔山羊」が謎解きのキーになっている辻村深月さんの長編ファンタジー小説「かがみの孤城」、これまでに読んだ長編小説で、これほど感動的なものは記憶にないと言ってよいほど素晴らしいものでした。あのメルヘンから、こんな素晴らしいファンタジーが生まれるなんて!

たとえば、あの歴史的名作、フィリパ・ピアスの「トムは真夜中の庭で」をも上回る傑作だと感じました。
「トムは真夜中の庭で」がトムとハティの二人の物語であるのに対して、「かがみの孤城」は、謎の城にやってくる7人+1人(合計8人)の物語です。そのうち安西こころが主人公であることは最初からはっきりしていますが、他の7人のうちの数人が準主役級の重要人物だということ、その人物たちの驚くような秘密が最終盤で劇的に明かされ、この秘密が明かされた瞬間の感動は「一生もの」かもしれないので、読みおわるまで、なるべくネタバレ情報が目に入らないように気を付けたほうがよいかもしれません。ラストは思わず涙が出てしまいますが、しかも、そういう感動的な秘密の開示が一度でなく、終盤で波状的に続くので、圧倒されます。というわけで、ここでは、ネタバレになりそうなことは避けて、謎解きとは関係のないことを少し。

この物語には、不登校の子ども達の居場所として今日では認知度が高まってきている「フリースクール」の先生が、重要な人物として登場しますが、そうしたフリースクールの先駆け的な存在と言える「東京シューレ」が1985年6月24日に奥地圭子先生によって設立されたとき、塾の教師を始めてまもない時期だった頃の僕は、その設立に賛同し、設立直後の7月2日に見学させていただき、そのときの「見学記」が、「東京シューレ通信」第1号に掲載されており、それは、今でも、東京シューレに保管されています。そのことは、今年2月4日のブログ記事
http://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/52428451.html
に書いてありますが、当時は、画期的だったフリースクールも、その先生が小説の重要人物として登場するまでに認知度が上がったことに感懐も覚えます。今年1月26日に東京シューレで行われた講演の中で、奥地先生は「東京シューレは歴史を作ってきた」と話されていましたが、本当にその通りだと思います。

「かがみの孤城」の出版は2017年ですが、「asta*」での連載は2013年~2014年ということなので、2016年公開のアニメ映画「君の名は。」(新海誠監督)より「かがみの孤城」のほうが先にできていたということになりますが、あの「君の名は。」で「泣いた」という人は、「かがみの孤城」の場合、ラストが近づいたら、タオルと水分補給用の水を用意したほうがいいかもしれませんよ。熱中症対策みたいですね。僕は、「君の名は。」では泣くことはありませんでしたが、「かがみの孤城」では、感動のあまり涙を抑えられませんでした。

グリム童話との関係の話に戻って、「オオカミさま」が城に集まる7人を「赤ずきんちゃん」と呼ぶことについて、物語の後半でリオンが「フェイクじゃないか」と発言していますが、この「フェイク」は、主に、読者に対するフェイクかもしれませんね。謎を隠すための。それでも、「おおおかみと七ひきの子やぎ」に関係がありそうだということには、かなり早い段階で見当がついてしまいますが、あのからくりには気づけませんでした。後半にはいると、結末を予想するより、早く続きを読もうという気持ちが強くなってしまいますからね。その謎が解けて、涙をぬぐって油断していると、最後に、もう一段、強烈で感度的なラストが待っているので圧倒されます。このラストシーンを予想できた人は、ほとんどいないのではないでしょうか?
これから読む人は、くれぐれも、最後のほうを先に見ることがないようにご注意を!

〔関連ツイート〕
https://twitter.com/masahirokitamra/status/983919261847441413
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〔北村正裕ホームページ案内サイト〕
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