2007年中に購入したオペラCDの中で、いちばん気に入ったのが、ミミ=レナータ・スコット、ロドルフォ=アルフレード・クラウス、指揮=レヴァインによる「ラ・ボエーム」(プッチーニ作曲)のCD(79年録音、06年ヨーロッパ発売、EMIレーベル輸入盤)でした。このCDを聴くまでは、ミミ=レナータ・テバルディ、ロドルフォ=ベルゴンツィ、指揮=セラフィンによるCDが「ボエーム」のベストCDだろうと感じていたのですが、レヴァイン盤CDは、期待以上の名演で、セラフィン盤以上に気に入ってしまいました。セラフィン盤以上と感じる最大のポイントは、第1幕のラストシーンです。ここで、主役二人が二重唱で「アモール!アモール!アモール!」(「愛よ!愛よ1愛よ!」)と3回くり返しますが、この最後の3回目の高音の「アモール!」、あのテバルディでさえ叫び声になってしまっているのに対して、スコットの高音のなんと美しいことか!クラウスの美声と溶け合って、見事な微弱音のハーモニーを聴かせてくれます。スコットの声は、非常に柔らかで、また、クラウスの声が、哀愁を帯びた比類のない美しいテノールで、この二人の声は、非常によく調和しているのです。そして、それをささえるレヴァイン指揮、ナショナル・フィルの繊細な音の見事さ!実際の舞台では、最後の弱音が終わる前に、フライングの拍手が起こってしまうことが多いですが、このCDをじっくり聴いていると、幕切れの最後の微弱音の美しさには、ほんとうにうっとりさせられます。
このCDを購入して以来、ミニコンポに入れっぱなしにして、第1幕後半の「私の名はミミ」から幕切れまでの部分を、しばしば、就寝直前に、寝床の中で聴いています。「私の名はミミ」は、特に、「でも雪どけのときがくると最初の太陽は私のものです」(小瀬村幸子訳)の部分が気に入っています。ここにだけ現れる感動的なメロディー。あまりの美しさに、思わず涙が出るところです。セラフィン盤のテバルディも、ここは素晴らしいです。幕切れ近くの、ロドルフォの「優美なおとめよ、甘きおもざしよ」(小瀬村幸子訳)の部分から聴くこともあります。あるいは、もっと前の「冷たい手を」から聴くことも。
「私の名はミミ」が以前から気に入っていたのに対して、「冷たい手を」は、レヴァイン盤CDのアルフレード・クラウスの名唱を聴くまでは、それほど好きなアリアではなかったのですが、アルフレード・クラウスの歌唱で聴くと、このアリアも実に味がある名曲だなあと感じます。例えば、パバロッティの歌唱(例えばカラヤン盤CD)だと、声が強すぎて、必ずしも"哀愁"を感じさせる歌になっていないように思うのですが、クラウスの声は、まさに哀愁そのもの。気品も感じさせます。セラフィン盤のベルゴンツィもいいですが、クラウスは別格という感じがします。
「ボエーム」のCDというと、セラフィン盤が"定番"と呼ばれることが多いと思いますが、僕の場合は、上記のレヴァイン盤CDが愛聴盤になってしまいました。ただ、どのCDでも、第4幕は、悲しすぎて、ちょっと聴くのがつらいですね。ついでながら、2006年に音楽之友社から出版された小瀬村幸子氏による対訳本は、コンパクトな本ながら、複数のヴァージョンの台本のト書きの違いなどの注釈も掲載されていて、内容の充実した本だと思います。

生の舞台では、これまでに色々な歌手のミミを聴きましたが、これまでに生の舞台で聴いたミミの中では、2006年2月の二期会公演で聴いた木下美穂子さんのミミが、いちばん印象に残っています。「私の名はミミ」をしっかりとしたのびやかな声で歌い、その末尾は、一転して、コロラトゥーラ風にしめくくって、素晴らしい歌唱力を披露してくれました。そのときの公演は、ブリニョーリ指揮、東京フィルの演奏も、とても素晴らしいもので、第3幕で、ロドルフォの悲しみをなぞるように流れる弦の響きは、特に心に響き、行間ならぬ音と音の間の静寂にただよう余韻が圧倒的でした。CDを聴いて感動できるのも、こういう素晴らしい舞台との出会いの記憶があるからこそなのかもしれません。

〔「ボエーム」CD関連のブログ記事〕
「究極の娯楽?格調低き妄想音楽日記?」の
http://beethoven.blog.shinobi.jp/Entry/204/