先日(4月2日)、新橋のライブハウスで行われた夕暮れ風鈴楽団のライブを聴いてきました。このグループは、女性シンガーソングライターのあきぞさんを中心とするグループで、少し前に、このグループのCD『神様よりも高い場所』をネットショップで購入して聴いていたのですが、今回、ちょうど都合のつく日時にライブがあったので、ライブも聴くことができました。
そもそも、どういうきっかけでこのグループを知ったのか、ということから話を始めましょう。
1ヶ月前の3月1日に、絵本画家の高岡洋介さんの絵本原画展の会場で、高岡さんのお友達のシンガーソングライターの塚本よしなりさんがギターとピアノの弾き語りライブ演奏をして、その音楽に合わせて、高岡さんがライブペインティングを行うというパフォーマンスがあったのですが、そのとき、塚本さんが、ご自身のオリジナル曲のほかに、「夕暮れ風鈴楽団というバンドの曲を一曲歌います」と言って、「コーヒー」という曲をギター弾き語りで歌うのを聴いたのが、夕暮れ風鈴楽団の曲とのはじめての出会いでした。その曲もさることながら、僕は、「夕暮れ風鈴楽団」というグループ名に興味を覚えました。というのは、先日、このブログでもお知らせしたように、僕は、近々、『ガラスの中のマリー』という絵本を出版する予定なのですが、その本文原稿の最初のページの文章の中に、「夕暮れ」という言葉と「風鈴」という言葉が出てくるからです。3月の時点で、すでに、絵本出版の構想は、ほぼ、まとまっていたので、「夕暮れ風鈴楽団」という名のグループの存在を知って、他人のような気がしなかったというわけです。
それで、ネットで調べてみると、このグループのホームページ
http://www.yuugurefuurin.com/
のデザインの徹底したレトロ路線が、いよいよおもしろく思われ、また、そこで情報を得て、ネットショップで、マキシシングルCD『神様よりも高い場所』を購入して聴いてみたところ、冒頭のタイトル曲が実にいい!詞、曲、歌唱とも見事で、一度、このグループの、ライブも聴いて見たいと思うようになったというわけです。CDでは、すみよしたけしさんのギターなどの演奏にのせて歌われていますが、今回のライブは、ふじいみきさんのピアノとあきぞさんのヴォーカルというふたり編成のライブでした。「神様よりも高い場所」は演奏されませんでしたが、同じCDに収録されている「ノンノンさんで恋をしヨ☆」は、CDとは違った編曲で演奏され、僕には、今回のライブのアレンジの方が、ずっとよかったと感じられました。初めて聴いた「赤い実」や「かくれんぼ」という童話的(あるいは童謡的)な作品にも好感を持ちました。そして、なによりも、あきぞさんというシンガーソングライターの非凡な才能を感じました。
では、どこがどういいのか?以下に、少し、書いておきます。
例えば、CDのタイトル曲「神様よりも高い場所」の中に、「あの日の空には 君だけが絵を描けるんだよ」という詞がありますが、ここで「あの日の空に」というところがいい。こういうところで、例えば、「明日の空に」などという歌詞だったらJポップの世界に掃いて捨てるほど似たようなのがありそうですが、「あの日の空に」と歌って、へたに未来なんて語らないところが素晴らしいと感じます。そして、このフレーズには、あきぞさん自身の声による多重録音で、バックボーカルがついているのですが、「ハー、ハー」というため息のようなバックボーカルがユニークで、見事。こういうところは、ライブでは無理でしょうね。逆に、「ノンノンさんで恋をしヨ☆」は、CDのアレンジが騒々しいと感じていたので、今回のライブのシンプルなアレンジがとても好ましく思われました。この曲を、あきぞさんは、椅子にすわって歌っていましたが、とくに大きなジェスチャーをいれるわけでもなく、シャウトするわけでもなく、一見、淡々と歌っている姿に、逆に、とてつもない才能を感じてしまいました。曲自体も、こういうのは、よほど芯の強い人でなければ作れないものだと思います。「ノンノンさん」というのは、多分、「のんきな人」というような意味なのでしょうが、さりげない言葉の使い方が、実に巧みだと感じます。ライブの冒頭で歌われた「赤い実」は、あきぞさんの創作のベースに童謡があることを表しているように思えますが、詞もメロディーも美しくて素晴らしい。今、すぐにでも、また聴きたいです。冒頭の歌詞が素晴らしいのは、「神様よりも高い場所」の場合にも言えることです。その他の曲でも、あるときは、言葉の洪水のようで、ボキャブラリーの豊かさが感じられ、ときには、文語調風のフレーズまで飛び出して、守備範囲の広さに圧倒されてしまいました。
「赤い実」などに見られるような童話的な世界というのは、僕自身が自分の創作で目指していることにも重なるし、実は、僕自身、童話を書き始める前は、詞と曲を作って、弾き語りのスタジオライブも何度かやったという経緯があり、かなり前に無期限活動停止状態にはいってしまっていますが、当時の作品のひとつは、私家版詩集『夜汽車の憧れ』に、詩のみならず楽譜も収録していて、決して、その方面と縁を切ったつもりではなく、むしろ、弾き語りや作詞作曲は自分の創作活動の原点だと思っています。そういうこともあって、そのポピュラー音楽の世界で童話的な世界をこれほどまでにしっかりと開拓しているあきぞさんの創作活動を知って、かなり興奮しました。
「かくれんぼ」では、「大きなキミの手」の「キミ」という言葉が指しているのが「父親」のイメージだとしたら、この言葉の使い方もユニークですね。夕暮れ風鈴楽団のホームページに掲載されている詞では、この後、「キミの背」という歌詞が出てくるのですが、今回のライブでは、ホームページに掲載されている詞で「キミの背」となっているところは、たしか、「あなたの背」と歌われていたように記憶しています。記憶が正確かどうかわかりませんが、記憶通りなら、ここは、今回のライブで歌われた歌詞の方が、変化があってよいのではないかと思いました。そして、「キミ」を「あなた」にしたことで、作者の意図には反するかもしれませんが、聞き手にとっては、例えば、ここに、母親を連想することも可能になるのではないでしょうか?前半の「キミの返事」の「キミ」には、とても抽象的なイメージを感じます。いずれも、他の曲の「君」と違って、この曲の「キミ」は、ホームページ掲載の歌詞では、漢字でなく、カタカナになっているのも興味深いことです。
そういえば、あきぞさんの歌の歌詞では、人称代名詞や、明示されない一人称のイメージが、いい意味であいまいで、それゆえ、イメージが広がって、不思議な魅力を引き出しているように思います。「赤い実」では、一人称と二人称とが、何度も入れ替わっているようにも思えます。「神様よりも高い場所」では、とうとう、一人称が明示されず、「どんな花になろう」というフレーズでは、まるで、人間でさえなく、自然そのものではないかとさえ想像させる効果が仕掛けられていたりするといったわけです。「君の歌がおでこにはりついて」なんていう詞も、ユニークで魅力的です。そして、力みのないメロディーが、独特な魅力を決定的なものにしているのだと思います。大瀧詠一とも矢野顕子とも、井上陽水とも違う、独特なメロディーと歌唱。僕が知っているシンガーソングライターの中で、最も大きな才能を感じさせるアーティストだと言っても過言ではありません。例えば、「かくれんぼ」の中の「会いたくて」というフレーズのメロディーには、特に、あきぞさんの強い想いが込められているように感じられて、頭に、いや、おでこにはりついてしまいます。
ひとつ、残念だったのは、今回のライブハウスに、僕の大嫌いなたばこの煙が充満していたことです。あれには、閉口しました。僕自身は、かつての自分のライブの会場で喫煙を許したことは一度もありません。音楽はきれいな空気の中で楽しみたいものです。いや、音楽でなくても、僕は、たばこは大嫌いなので、ああいう場所は御免です。ですから、今度は、夕暮れ風鈴楽団のライブを、是非、禁煙スペースで聴きたいものです。

なお、夕暮れ風鈴楽団のホームページは、上記文中で紹介した通りですが、そこから、あきぞさんのブログ「あきぞ…または小町の手乗りパンダ捕獲大作戦」
http://yuugurekomachi.blog89.fc2.com/
にもアクセスできるようになっています。
また、あきぞさんのホームページ「ばにらキネマ」のURLは、
http://members2.jcom.home.ne.jp/akizo/です。
一方、上記文中で触れた詩集『夜汽車の憧れ』の情報は、僕のHPの中の「著書紹介」のページ
http://homepage3.nifty.com/masahirokitamura/chosho.htm
に掲載しています。