70年代前半に、フォークグループ「赤い鳥」によって歌われ、赤い鳥の解散後も多くのアーティストによってカバーされ、小中学校の教科書に掲載されるなどして、歌い継がれている名曲「翼をください」(山上路夫作詞、村井邦彦作曲)の歌詞に、いくつかのヴァージョンがあることにお気づきの方は少なくないと思います。ネット上でも、たびたび話題になっているようですが、かなり混乱した記述が多く見受けられるので、ここで、今、簡単に確認できることを整理しておきたいと思います。
まず、この曲が、赤い鳥によって71年に初めてレコードで発表されたときの歌詞は、
「今、私の?翼がほしい」
「この背中に?つけて下さい」
の後、「この大空に?翼はためかせて 行きたい」というサビの部分が歌われ、
続く2番の歌詞では、
1番の「今、私の?翼がほしい」に相当するメロディーがなく、
「子供のとき?夢に見ている」
と歌われた後、サビの部分にはいって、
「この大空に?翼はためかせて」がくり返されながらのフェードアウトになっています。
この音源は、例えば、今、僕の手元にあるCD「赤い鳥 ベストオブベスト」(2006年、ソニーミュージック)に収録されていますが、
「goo音楽」のサイトの
http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND482/index.html
に掲載されている歌詞は、フェードアウトを、完全な終結に直す処理を行ってはいるものの、基本的には、71年のレコードヴァージョンと同じと言ってよいと思います。
また、今、僕の手元にある楽譜集のうち、79年に日本ユースホステル協会が発行した「新しい時代の若人の歌」3版(初版は71年)でも、サビの部分のリフレインがないものの、やはり、基本的には、71年レコードヴァージョンと同じです。
それに対して、これまでに僕が見た赤い鳥による唯一の映像(テレビ用)では、
1番の部分で、
「この背中に?つけて下さい」
が削除されて短縮され、一方、2番では、
「子供のとき?夢に見ている」
が削除され、これにかわって
「今、富とか名誉ならばいらないけど翼がほしい」
というレコードにはない歌詞に置き換わっています。
このヴァージョンは、サウンド面でも言えることですが、非常にアクティブな感じですが、このヴァージョンの楽譜は、これまでに出版されているものを見たことがありません。この映像の情報をお捜しの方は、google
http://www.google.co.jp/
で、「赤い鳥 翼をください」というキーワードで検索してみてください。今なら2分40秒の映像の情報がみつかると思います。このヴァージョンは、「この背中に?つけて下さい」の部分がカットされて短くなっているのが特徴で、今のところ、映像(テレビ用)でしか見たことがない短いヴァージョンなので、ショートヴァージョンとでも呼びましょうか。
そして、3番目のヴァージョンですが、これは、1番は、71年レコードヴァージョンと同じで、
2番で、1番の「今、私の?翼がほしい」に相当する部分に、
さきほどの「今、富とか?翼がほしい」がはいって、
「子供のとき?夢に見ている」は、71年レコードヴァージョンと同じように歌われるもので、最も長いヴァージョンなので、ロングヴァージョンとでも呼びましょうか。そして、今、僕の手元にある楽譜集のうち、78年に協楽社が発行した「フォークソング全集」は、曲名の表記が「翼を下さい」になっており、一方、ラストのフェードアウトの指示が71年レコードヴァージョンに準拠しているものの、中身は、この、ロングヴァージョンになっています。また、これまでに僕が見た映像の中では、赤い鳥の解散後に、赤い鳥のメンバーのうちの後藤夫妻によって結成されたユニットの紙ふうせんによるテレビ映像と、同じく、元赤い鳥メンバーの山本夫妻と大川茂のハイファイセットのテレビ映像(92年?)が、このロングヴァージョンになっていました。ちなみに、同じ、元赤い鳥メンバーの山本潤子がソロ歌手として歌っている映像では、71年レコードヴァージョンになっていたと思います。
こんなわけで、少なくとも3つのヴァージョンがあることがわかりますが、出版された楽譜が見あたらないショートヴァージョンを除いた残り2種類は、どちらも、広く知られていると思います。そして、この2種類、すなわち71年レコードヴァージョンとロングヴァージョンの最大の違いは、「今、富とか?」の歌詞がはいっているかどうかということです。
もし、ロングヴァージョンの方が古いとなれば、レコーディングのときに、何らかの理由でこの部分をカットしたということになりますが、その歌詞が、最も古いレコードの音源にないのですから、問題の部分は、レコーディング後に追加作詞されてライブで披露されたという可能性が考えられます。しかし、録音はされていなくても、問題の部分の歌詞は、当初から作られていた可能性も否定はできませんね。その場合、レコーディングのときに削除された理由は、憶測は別として、はっきりとはわかりません。赤い鳥の分裂によって生まれた2つのグループの双方が、テレビでロングヴァージョンを歌っていることを考えると、赤い鳥の時代に、すでに、このロングヴァージョンが完成していたのは間違いないでしょう。そもそも、この曲は、レコード発売の前年の70年に、ヤマハ音楽振興会が主催する合歓ポピュラーフェスティバル'70で披露され、歌手としての赤い鳥は、この曲で、新人奨励賞を受賞しているので、このときの歌詞がロングヴァージョンであった可能性も考えられますが、僕には、今のところ、はっきりしたことはわかりません。
合歓ポピュラーフェスティバル'70の受賞結果一覧は、ヤマハ音楽振興会のサイトの
http://www.yamaha-mf.or.jp/history/e-history/nemu_pf/nemu_pf2.html
のページに掲載されています。
このときの歌詞がロングヴァージョンであったのなら、71年レコードヴァージョンとともにロングヴァージョンの楽譜が広く流通しているのも自然なことかもしれませんが、真相はどうなのでしょう?
この「今、富とか?」の歌詞の有無の違いについては、ネット上でもあちこちで話題になっているようですが、この部分が、レコーディング前から作られていたのか、追加作曲なのかについて、資料的根拠を示している記述を見つけたことはありません。
これまでに見た作詞者の山上路夫、作曲者の村井邦彦両氏のインタビュー映像からは、山上氏の詩をもとに村井氏が曲をつけた後で、山上氏が、詞を書き直しているようなので、この段階で、いくつもの歌詞のヴァリエーションが生まれていたのかもしれません。そして、インタビュー映像からは、お二人の記憶にも鮮明でない部分があるような印象を受けました。
そして、仮に、問題の歌詞が、レコーディング前から作られていたものであるとすれば、レコーディングでカットされた理由は何なのかということも気になります。
このあたりの事情は、今のところ、僕にはわかりませんが、ネット上にでている話題から、この曲が、中学校の合唱コンクールで歌われることが多いらしいということを知ったとき、問題の歌詞とのあまりのミスマッチが皮肉なことだと感じました。もし、中学生たちが、コンクールでの入賞を目指して「名誉ならばいらない」と熱唱しているのだとすれば、なんと皮肉なことなのだろうと。彼らの指導者も、自らと生徒たちの名誉のために、「名誉ならばいらない」の歌唱を熱心に指導しているのでしょうか?ポピュラーフェスティバルで入賞した赤い鳥のメンバーが、そこまで考えて、歌詞の一部をレコーディングしなかったと考えるのは、あまりにうがちすぎだとは思いますが、この歌詞には、確かに、力強い主張が込められているように思います。
ネット上では、例えば、学校で歌わされたからこの曲が嫌いだったというような記述も見かけましたが、無理もないことかもしれませんね。しかし、世の中が富や名誉を追い求める集団であふれかえっているからこそ、僕たちは、本当の自分を見失うまいと考えるのであり、そんな世の中だからこそ、この曲の、この歌詞に魅力を感じるのではないでしょうか?

なお、朝日新聞のサイトの
http://www.asahi.com/edu/student/kyoukashow/TKY200802060235.html
に、多くの小中学校の教科書にこの曲が掲載されているという記事が出ています。
また、
「ある広告人の告白」というブログの08年6月10日の記事
http://mb101bold.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_0712.html
が、この曲の歌詞のヴァリエーションを話題にしています。ここでは、僕が言う「ロングヴァージョン」が「オリジナル」であると断定的に書かれていますが、その根拠は示されていません。また、71年レコードヴァージョンが「今の歌われ方」と表現されていますが、このヴァージョンがレコード音源としてはオリジナルなのだということを確認されていないのかもしれません。
「私の音楽手帳」というブログの
http://aosaidiary.blog52.fc2.com/blog-entry-142.html
にも、この曲の歌詞についての言及がありますが、ここでも、赤い鳥の71年レコードヴァージョンが考慮されていないようです。この方は、ライブでお聴きになったときの歌詞を基準にされているのかもしれません。
そして、このほか、
「天満スイッち編集室」というブログの
http://blog.livedoor.jp/maki_days/archives/51110623.html
「ある音楽人の日乗」というブログの
http://blog.goo.ne.jp/mh0914/e/a21bd72765a2ad1f1a9660dbc07912fe
などに、この曲への言及があります。