北村正裕BLOG

【北村正裕のナンセンスダイアリー】童話作家&シンガーソングライター、北村正裕のブログです。 執筆情報用ホームページ(童話作家・北村正裕のナンセンスの部屋) http://masahirokitamura.my.coocan.jp/ と、音楽情報用HP(北村正裕アート空間) http://masahirokitamura.art.coocan.jp/ もよろしく。 ツイッターアカウントは「@masahirokitamra」です。

ダイアリー

教育勅語支配に抵抗した武蔵高校とOB柴山文科相の勅語評価発言

柴山昌彦文科相が就任早々、教育勅語について「道徳などに使うことができる分野は十分にある」と発言したことが、4日の朝日新聞などで報道されていますが、柴山文科相の出身高校である武蔵高校は、戦前の教育勅語・天皇中心教育に抵抗した気骨ある学校であったことを考えると、さらに情けない発言だと感じてしまうのは僕だけでしょうか?

「96条改変国民投票の前に」というタイトルのフェイスブックページの17年6月28日の朝日新聞記事を引用した投稿
https://www.facebook.com/96tiaoGaiBianGuoMinTouPiaonoQianni/posts/844990462306411
を見ると、
「教育勅語発布の翌年(1891年)、文部省は全国の小学校で紀元節(2月11日)や天長節(天皇誕生日)などの祭日に御真影を掲げて最敬礼し、教育勅語を「奉読」する儀式を行うよう定めた」
と、ある一方、
「私立の7年制旧制高校だった東京の武蔵高校(現武蔵高等学校中学校)は、文部省の問い合わせに「本校にはいまだ奉安所の設置がないので、報告する事項がありません」と答えた。武蔵高ではついに御真影を受け取らず、奉安殿も作られなかったのだ」
とあり、武蔵高校が、戦前の教育勅語・天皇中心教育に抵抗した気骨ある学校であったことが書かれています。

同様の記事は、「ちきゅう座」というブログの17年6月30日の記事
http://chikyuza.net/archives/74224
にもあります。

もちろん、出身校の歴史や教育方針に忠実である必要など毛頭ありませんが、気骨ある出身校の歴史とは裏腹に、大臣就任早々、現政権の中心人物たちにすり寄るような発言が出てくるのは、何とも皮肉。

この武蔵高校は、今では、武蔵中学校とともに、完全な中高一貫校になっているようですが、一時期は、高校進学時に40人の追加募集枠を設けていて、僕は、その40人枠で高校進学時にこの高校に入学した同校卒業生です。ちなみに、かつて、僕が、初めてギターを買ったときに楽器店まで同行してくれた旧友について、14年6月18日のブログ記事
http://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/52334379.html
に書きましたが、そこで紹介した旧友(五神真君)も、同じ40人枠で高校進学時に武蔵高校に入学した同期生(2~3年時の同級生)です。

実は、武蔵高校が、戦前から教育勅語支配に抵抗していたことは、僕が、この高校を進学先にに選んだ動機のひとつでした。中学生だった当時は、親が学校で聴いてきた説明を聞いただけでしたが、今、それに触れた記事を読むと、改めて、たいしたものだと感心してしまいます。もちろん、それだけが、入学先に決めた動機ではありません。もっと、感心したのは、この高校が、選抜に内申書(調査書)を決して使わないことの証として、入学試験の合格発表まで中学校の調査書を受け取らないという方針であったことでした。当時は、「カッコイイ!」という程度の認識でしたが、今では、調査書(内申書)による選抜は、思想統制につながる危険なものだと考えています。僕の創作『何もない遊園地』には、特に、その第1話に、そういう思想が色濃く反映されていると思うので、興味持っていただける方には、是非、お読みいただきたいと思います。『何もない遊園地』は、96年に執筆し、2013年に一度、電子出版した後、2017年に加筆して、「2017年版」として、Amazon Kindle版を電子出版しています。Kindleストア
https://www.amazon.co.jp/dp/B074RGSR8Y/
で購入できます。

話を柴山文科相の発言に戻しますが、「同胞を大切にするとか、国際的な協調を重んじる」といったことを言うのに、わざわざ教育勅語を持ちだす必要などないはずだと思います。上記の17年6月の朝日新聞記事の引用記事などを見ても、教育勅語というのは、天皇中心教育の象徴的存在だったと言えるだろうと思います。

もとより、出身学校で人物を判断するなど、全くバカげたことですが、今回の柴山氏の発言は、皮肉にも、そういう話をするのにうってつけの例を提供する結果になったように思います。
この高校のOBの中には、これまでも宮沢元首相など、政府の責任ある仕事を務めた人たちはいますが、このような責任ある役職への就任早々、これほど「情けない」と感じさせる発言をしたOBは、過去に記憶にありません。

〔北村正裕ホームページ等の案内サイト〕
https://masahirokitamura33.wixsite.com/masahirokitamura

木村唯&花やしき少女歌劇団「8月のメリーゴーランド」映像分析

2017年夏の「木村唯生誕20年」の20回連載ツイートで、2014年の動画を中心に、花やしき少女歌劇団の動画の紹介をし、それらのツイートへのリンクを、2017年8月13日のブログ記事
http://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/52419821.html
を載せていますが、まもなく、また、夏がやってくるこの時期に、あらためて、2014年夏の花やしき少女歌劇団による「8月のメリーゴーランド」(織音作詞・蓮沼健介作曲)の4つの動画(7/13、7/20、8/10、8/24)を、少し、詳しく見てみたいと思います。
いずれも、上記ブログ記事にリンクがある連載ツイートで紹介したもので、それぞれ、第①回、第⑦回、第⑯回、第⑰回のツイートに動画へのリンクがあります。
7/13と8/10の動画は、Contarex tokyoチャンネルの動画、7/20と8/24の動画は、hanayashikimusicチャンネルの動画で、いずれもYouTubeに投稿されたものです。

入場シーン
画面右から登場するメンバーの先頭は小坂衣純さん(当時高校1年生)。同時に、画面左からは、椅子に座った木村唯さん(当時高校2年生)と、唯さんの椅子を押す柳井萌花さん(当時中学1年生)が登場しますが、萌花さんが、唯さんの椅子を押しながらゆっくりと舞台中央に進んで中央で、椅子の車輪のストッパーをかけるのに対して、右から入場する衣純さんは、まっすぐ舞台前方に進み、一番先に、ダンスのポーズに入ります。ひとつの曲をまるごと一人の歌手が歌うのは、花やしき少女歌劇団では、この夏の唯さんが歌う「8月のメリーゴーランド」が初めてでしょうから、唯さんにとっては、気合のはいる晴れの舞台であると同時に、重圧もあって当然ですし、右足の義足をつけて椅子に座って歌う唯さんの椅子を舞台中央にセッティングする重責を担う萌花さんにも、かなりの重圧がかかるはずです。この入場シーンでは、少し先に舞台前方に進んでダンスのポーズにはいる衣純さんが、唯さんと萌花さんに重圧をかける観客の視線の一部を自らに向けさせて、萌花さんたちにかかる重圧を少しでも軽減する役割をになっているように見えます。この前年のステージでも唯さんをサポートする重要な役割を担ってきた衣純さんの、ここでの重要な役割に、まず、注目したいところです。この入場シーンは、7/20のライブ映像が、とても見やすいアングルになっています。この動画は、17年7月20日のツイート
https://twitter.com/masahirokitamra/status/887968350885695488
で紹介したものです。曲が始まるときのメンバーのポジションは、画面左から、塩田怜里さん、酒井美紅さん、柳井萌花さん、木村唯さん、村岡桃香さん、大橋妃菜さん、小坂衣純さんです。ただし、8/24のステージでは、村岡桃香さんがお休みで、柳井萌花さんのポジションが、唯さんの真後ろにシフトしています。なお、7/20と8/24の映像には、入場シーンの前の場内アナウンスも収録されています。「お待たせしました。ただいまより花やしき少女歌劇団のショーをスタートいたします。それでは、どうぞ!」という唯さんの声。これは、あらかじめ録音されたものと思われます。中学3年だった2012年秋に右足の筋肉にできたがんが見つかり、翌2013年夏ごろまで抗がん剤治療を受けている間、花やしきのステージに出られない状態だった唯さんになんとかステージに参加してもらおうと、場内アナウンスで参加してもらおうと考えた歌劇団のスタッフが、自宅にお見舞いに行ったときに録音したということが、『生きて、もっと歌いたい』(芳垣文子著、2017年10月)第2章(P.44)に書かれています。僕には、「ショーを」というところが「ショーの」と言っているように聞こえるのですが、日本語としては「ショーを」が正しいわけですよね。

hskm140720-01
最初にダンスのポーズにはいる小坂衣純さん(右端)

唯さんと萌花さんが交わした一瞬のアイコンタクト(7/13)
唯さんの椅子を舞台中央に固定した萌花さんは、唯さんから見て右隣りの自分のポジションに移動してダンスのポーズにはいらなければいけないのですが、7/13の動画に限り、ここで、とても興味深いシーンが見られます。ダンスのポーズに入りかけた萌花さんが、一瞬、唯さんの方を振り返っています。重要な役割、うまくいったのか、もう一度、確かめたくなったのでしょう。「唯ちゃん大丈夫かな?」、そんな一瞬の心配が動画から読み取れます。そして、その動作と同時に、唯さんが、右隣りの萌花さんのほうを振り向いたため、ここで、一瞬、ふたりの目が合っています。ふたりとも、ヘッドセットのマイクがついているので、ここで、声を出すことはありませんが、まるで、お互いに声をかけたかのように同時に顔を向け合う二人。唯さんは、萌花さんが自分のポジションにつくタイミングを確かめたかったのかもしれませんが、一瞬、見つめ合う二人のシーンを見ると、もしかすると、唯さんにも、大役を務める直前の不安な気持ちが隠せなかったのかもしれないとも思えます。萌花さんの姿を確認することで、自分の気持ちを落ち着かせようとした一瞬の行動だったのかもしれないとも見えます。結果的に、ここで、二人が一瞬のアイコンタクトを交わすことになり、「大丈夫だよね」「がんばろう」という合図が交わされているように見えて、このシーン、とても好きなシーンです。奇蹟とも言えるような「8月のメリーゴーランド」の名演は、この直後に誕生するのです。この7/13の「8月のメリーゴーランド」の動画は、17年7月13日のツイート
https://twitter.com/masahirokitamra/status/885441501051867136
で紹介し、「唯さんの多数のネット動画の中で、一番のお気に入りの動画」と書きましたが、今でも、この日の歌唱は、唯さんの最高のパフォーマンスだと感じています。7/20の冒頭では、萌花さんは、唯さんの椅子を固定した後、すぐに自分のポジションにはいりますが、唯さんは、7/20にも、萌花さんの姿を確かめるように、一瞬、右側を向く動作をしています。さらに興味深いのは、8/24の映像。この日は、村岡桃香さんが休んでいるため、萌花さんのポジションが、少しずれて、唯さんの真うしろになるのですが、この日も、唯さんは、スタート直前、一瞬、萌花さんの定位置の方を見る動作をしています。そこには、萌花さんの姿は見えないはずなのですが。後ろから入場する酒井美紅さんがポジションにはいるタイミングを確認しているのでしょうか?それとも、萌花さんが、見えない位置にまわっていることを間接的に確認しているのでしょうか?あるいは、7/13の萌花さんとの「アイコンタクト」の記憶がそうさせるのでしょうか?

hskm140713-01
「8月のメリーゴーランド」スタート直前に一瞬見つめ合う柳井萌花さん(左)と木村唯さん

「キミのまわりを まるで8月のメリーゴーランド」
「シャツの袖をつかんでちょこちょこ歩き 急に止まるから」という歌詞から想像されるこの歌の中の子どもは2歳くらいでしょうか?これに続く「私思わず キミのまわりをくるくる まるで8月のメリーゴーランド」という歌詞に合わせ、6人(8/24は5人)のダンスメンバーが中央で歌う唯さんを囲んで輪を作り、花やしきのメリーゴーランドと同じ半時計まわりに回ります。そして、最初に内側を向いて輪を作っ後、続いて、外側を向いて輪を作っての回転も見せてくれます。これは、かなりの練習をしないとできない技でしょう。そして、メンバー全員の息が合っていないとできない演技でしょう。村岡桃香さんがお休みしている8/24のステージでは、代役をいれず、メンバーの間隔を少し詰めることで乗り切っています。

hskm140720-02
♪まるで8月のメリーゴーランド


「思い出いっぱい作りましょう」(1回目)
2回登場する「思い出いっぱい作りましょう」という歌詞。1回目ではダンサー6人が、「思い出」で手を前で交差、そして、「いっぱい」という歌詞に合わせて、両腕を大きく広げて上にあげて回転しますが、7/20の公演では、こ動きに合わせて、唯さんも「思い出」で手を胸に、「いっぱい」で手を上にあげて見せます。唯さんのこの演技は、8/24の公演では、2回目に同じ歌詞が登場するところで演じられ、そのときには、中央付近でお手玉を披露する柳井萌花さん以外のダンスメンバ―4人の振りに合わせた動きになっています。「思い出いっぱい作りましょう」という楽しい歌詞と演技。でも、その歌詞には、いつか、これが、「思い出」になってしまうという寂しさの予感も漂い、そういうところが、この歌詞をより魅力的なものにしていると思います。そして、その後、7/20の公演で、また、唯さんが、7/13の公演で見せなかった演技を見せてくれます。

hskm140720-03
♪思い出


hskm140720-04
♪いっぱい

「ショーウィンドウに映るキミ」
7/13の木村唯さんの歌唱が最高だと感じさせる部分の例として、07年7/13のツイートにも書いたことですが、「逮捕しちゃうぞ」という織音さんの詩を甘く優しい声で歌う唯さんの美しい歌声!「た」は唯さんの声の甘味が特によく出るeに近い音で強めに歌い、「ぞ」は揺らしながら優しく響くaに近い音への変化。まさに一音入魂の歌唱だと思います。歌唱に全力を挙げているこの日の唯さんの手の演技は控えめで、予定の振りをこなしているだけですが、翌週の7/20の公演では、7/13には見られなかった演技が加わっています。曲の後半にはいるとき、メンバーの左右の位置が逆転しますが、その後、後半にはいって、「ショーウィンドウに映るキミ」と歌われる部分で、7/13には見られなかった演技が始まります。「キミ」という歌詞に合わせて、唯さんが右手人差し指を出して、「キミ」を指さすような演出。これは、7/13にはなかった演出です。唯さん本人が考えた振りなのかもしれません。唯さんのこのジェスチャーは、8/10では封印されますが、8/24には再び登場します。メンバー全体の振りは、この部分、唯さん以外のダンサー6人全員が後ろ向きになってステップを踏むという大胆なものですが、そう言えば、「ショーウィンドウに映る」姿は、前後が逆になるわけですね。それにしても、「また少し背が伸びたようですね」と、子どもの成長を喜ぶ母親目線の歌詞の後、「私を置いて大人になるのは ルール違反で逮捕しちゃうぞ」という歌詞のなんと素晴らしいことか!いつか巣立ってしまう日の寂しさを予感させながら、今の幸せを歌うこの歌詞の最大のポイントで、唯さんの歌唱力が最大限に発揮されているとい思います。

hskm140720-05
♪ショーウィンドウに映るキミ


「思い出いっぱい作りましょう」(2回目)
この歌詞の中に、二度登場する「思い出いっぱい作りましょう」という歌詞。二度目にこの歌詞が現れる場面。ダンスメンバー6人のうち、唯さんに近い位置の柳井萌花さん(画面右)と村岡桃香さん(画面左)の二人がお手玉のパフォーマンスを見せますが、この二人のうち、村岡桃香さんは、8/24の公演では出演しておらず、その日は、全体のフォーメーションを微修正して、柳井萌花さんが、唯さんの真うしろでお手玉のパフォーマンスを見せます。そして、8/24の公演では、7/20の公演の1回目のこの歌詞の登場場面で演じられていた唯さんも加わるこの振りが、ここで、お手玉を披露する柳井萌花さん以外の4人のダンスメンバーと、中央で歌う唯さんの5人で演じられます。そして、その後、歌のラストに近づいたところで、7/20の公演で、唯さんが、またしても、7/13の公演で見せなかった演技を見せてくれます。

hskm140824-01
♪思い出


hskm140824-02
♪いっぱい


「キミと私の二人の夏が」
この歌詞の中の母親は、冒頭から、かなり若く、おしゃれなイメージで描かれていますが、ラストに近づいたとき、歌詞の中の母親は、子どもに「キミと私の二人の夏が」という言葉を使います。これは、この親子の家庭に父親がいないことをうかがわせる歌詞ですが、まるで、子どもを恋人のようにひたすら愛する母性愛が歌われるこの歌詞に合わせて、7/20の公演で、唯さんは、7/13の公演では見せなかった演技を見せてくれます。「キミ」で、右手人差し指を挙げ、「私」で、両手を胸に当て、「二人の夏」という歌詞に合わせて、右手の二本の指で「二人」を表現します。この一連の演技のうち、「キミ」の部分の演技は8/10には封印されますが、8/24には復活。「私」の部分の演技は、8/10でも8/24でも見せてくれます。そして、「二人の夏」の部分の演技は、8/10は同じで、8/24には、右手だけでなく、両手で演技して見せます。結果的に、4つの公演の中に、同じ演技のものは全くないのです。一期一会の演技を唯さんが意識していたかどうかはわかりませんが、少なくとも、結果はそうなっています。

hskm140720-06b
♪夏が来ました 夏が来ました


hskm140720-07
♪キミと


hskm140720-08
♪私の


hskm140720-09
♪二人の夏が


hskm140824-03
♪二人の夏が


「二人は8月のメリーゴーランド」
歌のラスト、「二人は8月のメリーゴーランド」という歌詞に合わせて、前半の「キミのまわりを まるで8月のメリーゴーランド」のところと同じように、6人(8/24は5人)のダンスメンバーが中央で歌う唯さんを囲んで輪を作り、花やしきのメリーゴーランドと同じ半時計まわりに回ります。そして、最初に内側を向いて輪を作っ後、続いて、外側を向いて輪を作っての回転も見せてくれます。そして、ラストシーン。全員が、笑顔で、バレエ「コッペリア」や「くるみ割り人形」に登場する人形たちを思わせる可愛らしいポーズをとりますが、スタート時とは左右が入れ替わっていて、画面左から、小坂衣純さん、大橋妃菜さん、村岡桃香さん、木村唯さん、柳井萌花さん、酒井美紅さん、塩田怜里さん。ただし、村岡桃香さんがお休みの8/24は、柳井萌花さんが、木村唯さんの後ろにシフト、さらに、この日は、7月のステージで両サイドのポジションだった小坂衣純さんと塩田怜里さんのラストポジションが、前方中央寄りにシフトし、大橋妃菜さんと酒井美紅さんがサイドにシフトして、5人が唯さんを囲むようなフォーメーションになっています。

hskm140713-03a
♪二人は8月のメリーゴーランド

hskm140713-03b
内側向きの後は外側を向いての輪で回転


hskm140713-04
「8月のメリーゴーランド」のラストシーン
左から小坂衣純さん、大橋妃菜さん、村岡桃香さん、木村唯さん、柳井萌花さん、酒井美紅さん、塩田怜里さん


hskm140824-06
「8月のメリーゴーランド」(8/24)のラストシーン
左から大橋妃菜さん、小坂衣純さん、柳井萌花さん(後方)と木村唯さん、塩田怜里さん、酒井美紅さん


歌詞について
すでに記したとおり、いつか巣立ってしまう日の寂しさを予感させながら、子どもの成長を喜ぶ母親目線の母性愛と幸福感を歌う歌詞。そして、母親は、冒頭から、かなり若く、おしゃれなイメージで描かれ、この親子の家庭に父親がいないことをうかがわせる表現もありますが、僕には、この歌詞に描かれている親子のシーンは、作詞者の想像する西暦2000年の7月下旬か8月上旬ごろ、描かれている子どもは、まもなく3歳になる女の子なのではないかとも思えます。そして、母親が若いイメージで描かれていることが、女の子に、やがて新しいお父さんができることを暗示しているようにも思えます。お母さんの愛情を一身に受けて育った少女は、花やしきのアイドルとなり、病気と闘いながらも、再び、花やしきのステージに戻ってきて、お母さんからもらった愛情を、感謝を込めて生き生きと歌う。これが、作詞者が考えたストーリーなのではないかと想像してしまいます。2015年に唯さんが亡くなった後、関係者への取材を重ねて書かれて2017年10月に出版された芳垣文子さんによる唯さんの伝記本「生きて、もっと歌いたい」には、唯さんのお母さんが、唯さんが1歳のときに離婚していること、唯さんは、3歳のときから新しいお父さん(唯さんは「父ちゃん」と呼んでいたとのこと)と3人で暮らしていたことが記されています。そして、「8月のメリーゴーランド」の作詞者の織音(おりおん)さんは、花やしき社長の弘田昭彦さんのペンネーム。唯さんの誕生日は8月13日です。だから、この歌は「8月のメリーゴーランド」なのだ、というのは、少し、考えすぎでしょうか。しかし、右足の切断手術にもかかわらず、がんが全身に転移してしまったことを、本人も、周囲の大人たちも知っていた2014年の春から夏にかけて、義足で立ち上がるためのリハビリを始め、とうとう、短時間なら立ち上がって歌えるようになった唯さんに、夏、新曲「8月のメリーゴーランド」を一人で全曲歌うステージが用意され、花やしきの音楽制作を担当していた作曲者の蓮沼健介さんも、ダンスの振付、指導を担当していた足立美幸さんも、歌劇団のダンスメンバーも、全員が全力を挙げて、最高のパフォーマンスでステージを作っているのは、残されたライブ映像に記録されている通りです。「私を置いて大人になるのは ルール違反で逮捕しちゃうぞ」という歌詞のすばらしさについては、すでに書きましたが、「私を置いて大人になる」というのは、直接的には自立して巣立つという意味ですが、別の世界に旅立つという意味でもあり、そこに隠された悲しみの予感が、この歌詞を決定的に感動的なものにしているのだと思います。

もうひとつの名曲『空へ』について
「8月のメリーゴーランド」と同じ時期に、花やしき少女歌劇団のもうひとつの名曲「空へ」が登場します。「8月のメリーゴーランド」が仲間たちに囲まれた唯さんが一人で歌う曲であるのに対して、少し先に披露された「空へ」は、義足で立ち上がった唯さんを中心にして、メンバー全員で歌う歌です。立ち上がって仲間たち(大橋妃菜さん、柳井萌花さん)と手をつないで唯さんが仲間たちと一緒にこの歌を歌ったのは2014年6月29日ですが、翌週には、唯さんは、手を離して、仲間たちと一緒に、両手で手話の振りを演じながら歌っています。この曲は、MCで「花やしきの花たちの歌」と紹介されますが、この「花やしきの花」というのは、花やしき少女歌劇団の少女たちのことなのだろうと思いますが、とりわけ、その輪の中心にいる木村唯さんのことなのでないかと思います。。花たちに「ありがとう」という歌詞が繰り返されるこの曲は、ハ長調で始まりますが、少し長めの間奏の後、ホ短調に転調し、寂しさを感じさせる曲調に変化します。そこでは、「その歌声 宝物だよ 笑顔の涙 忘れない」と歌われ、その後、曲は、再び転調してハ長調の明るい曲調に戻るのです。14年6月29日の映像を見ると、この日は、唯さんがMCを担当し、唯さんの左手を握っている柳井萌花さんは、マイクをつけずに歌っています。ここでの萌花さんの最大の役割は、ステージで義足で立ち上がって歌う唯さんのサポートなのでしょう。場合によっては、声を出して仲間に合図を送る司令塔の役割も想定されていたように思えます。これは、13年6月に、唯さんが右足の切断手術の前に一時復帰して、初めて椅子に座ってステージに登場したときに、サポート役の小坂衣純さんがマイクをつけずに唯さんの隣に座って歌っていた映像を思い起こさせます。「空へ」の前奏と間奏では、唯さんを中心に少女たちが作る花がゆっくりと開花していき、開いた「花」の中から唯さんが現れます。「8月のメリーゴーランド」のダンサーが大きな動きを見せていたのと対照的に、唯さんと一緒に全員が演技するこの曲の振りが手話であるということにも注目です。手話を採用するというアイデアには、ハンディを乗り越えてがんばるメンバーへのエールという意味もあるのかもしれないと思うこともあります。
この14年6月29日の動画は、昨年8/12のツイート
https://twitter.com/masahirokitamra/status/896282019730120704
で紹介していますが、YouTubeのContarex tokyoチャンネルの動画です。14年6月29日に唯さんが義足で立ち上がって「空へ」を歌ったことは、翌月の「8月のメリーゴーランド」の名演にもつながったように思われてなりません。
唯さんは、2015年10月14日に亡くなってしまいましたが、その後、「空へ」での花の開花を現す演出もなくなり、ヘッドセットからハンドマイクに変わって、少人数で歌われるようになってからも、原典版の手話の振りは受け継がれていきます。2017年3月の小坂衣純さんの卒業公演は、会場の花やしき座で見ましたが、その公演の最後にこの曲が歌われたときには、曲の最後、ボーカルを後輩のメンバーにまかせた小坂衣純さん、柳井萌花さんら4人が、目を閉じ、黙とうするような姿勢をとってからゆっくりと、空へ向かって顔をあげるという演出が実行され、当時、別の曲のボーカルを担当していた大橋妃菜さんも、この曲でマイクを持たずに舞台右手に登場し、両手での手話の演技を見せてくれました。
2017年2月に、この曲のメインボーカルを担当した柳井萌花さんは、重圧からか、曲の終盤、上手く声が出なくなってしまうというハプニングがあり、そのときの映像もネットで公開されていますが、2018年4月に再びこの曲のメインボーカルを担当した萌花さんは、最後までしっかりと歌いきり、現在、花やしき少女歌劇団の中心メンバーとして活動を続けています。
16年10月8日の朝日新聞の記事には、15年10月に唯さんが亡くなった直後のことが、次のように記されています。「訃報は、歌劇団の仲間に伝えられた。柳井萌花さんは、記憶がなくなるくらい泣いた。翌日、同じ中学校に通う村岡桃香さんと抱き合った。(中略)告別式の日。歌劇団の少女たちはひつぎを囲んで、歌劇団の代表曲『空へ』を、振りの手話をつけて歌い、唯さんを送り出した」(朝日新聞16年10月8日記事より)

hsks140629-00
木村唯さんを中心に少女たちが作る花がゆっくりと開いていく間奏シーン


hsks140629-01
♪その歌声


hsks140629-02
♪宝物だよ


hsks140629-03
♪笑顔の

hsks140629-04
♪涙

hsks140629-05
♪忘れない


hsks140629--06
♪空へ 空へと伸びる
(中央で手を結ぶ3人は、画面左から大橋妃菜さん、木村唯さん、柳井萌花さん)


長く花やしき少女歌劇団で振付、ダンス指導を担当され、17年11月に歌劇団を離れられた足立美幸さんは、17年12月11日のインスタグラムへの投稿
https://www.instagram.com/p/BchvOIaFed5/
で、「『花やしき少女歌劇団』を語る上で欠かせない唯の存在、私が担当し始めた頃から切磋琢磨し共にステージを作り上げた大切な生徒であり仲間。たくさんの事に気付かせてくれ教えてくれた。三回忌を迎えた今も、唯がこの場にいない事は本当に悔しい」と書かれています。

14年夏の「8月のメリーゴーランド」の7人の出演メンバーのうち、現在、ただ一人、歌劇団に残っている柳井萌花さんは、17年5月のツイート
https://twitter.com/MoekaYanai/status/863548491443748864
で、「今日唯ちゃんのお下がり着てる 自分から唯ちゃんの匂いがする とてつもなく嬉しい 今日のステージも頑張れる気がする」と書いています。

〔関連ツイート〕
https://twitter.com/masahirokitamra/status/1007061703584931840
https://twitter.com/masahirokitamra/status/994871148855820289
https://twitter.com/masahirokitamra/status/831449748934496257

〔HP内の関連ページ〕
http://masahirokitamura.my.coocan.jp/merrygoround-l.htm





hanayashiki170820f0450
花やしきの花壇(2017.8.20撮影)

merrygoround170820f0481
花やしきのメリーゴーランド(2017.8.20撮影)

hsk180318-0538
現在の花やしき少女歌劇団のメンバーの一部(18.3.18、終演後、花やしき通りで撮影)
左から百々香さん、カレンさん、萌花さん、咲彩(さあや)さん、結花さん

hananoshoujo-mvpr
https://youtu.be/KZdaKNFqk-s
https://youtu.be/KZdaKNFqk-s
*「花の少女」(北村正裕作詞・作曲)は、花やしき少女歌劇団で活躍した木村唯さんへのオマージュとして作った曲です。

【追記】
ブログ記事掲載のお知らせツイートしました。
https://twitter.com/masahirokitamra/status/1012593014756106240
https://twitter.com/masahirokitamra/status/1012599984284422145

【18. 7.26追記】
「8月のメリーゴーランド」(織音作詞、蓮沼健介作曲)には、僕の上記のような解釈とは全く別の解釈をしている人も多数いるようです。
それについては、ツイッターの
https://twitter.com/_398_SAKUYA/status/1015986889042509829
から始まるスレッドと、
https://twitter.com/_105_TOKO/status/1017793961451089920
から始まるスレッドをご参照ください。
(18. 7.26追記)

無料学習教室・学生ボランティア(学ボラ)等募集中

東京都豊島区で、学生ボランティアと社会人ボランティアで運営している地域の小中学生を対象にした無料学習教室、クローバーでは、大学の新入生などに向けて、説明会の準備をするなど、ボランティア募集活動をしています。学生ボランティアと社会人ボランティアのうち、学生ボランティアの場合は、春には大学卒業と就職により、ボランティア活動から離れる人たちが何人か出る一方、大学新入生のボランティアとしての加入が期待できる時期なので、この時期、東京23区内の大学を対象に、ボランティア募集のチラシ(フライヤー)を作って、掲示してもらったり、構内に置いてもらったりというお願いをしています。5月後半には、ボランティア参加希望者を対象にした説明会の予定もあります。

clover18a
フライヤー(表面)

clover18b
フライヤー(裏面)

学習支援会の名称は「クローバー」といい、豊島区から後援を受け、区の施設を利用して活動しています。団体名は、「子どもサポーターズとしま」です。
クローバーのホームページは
http://clovertoshima.wixsite.com/toshimaku-clover
です。
このホームページには、関連団体として東京パブリック法律事務所のホームページへのリンクがありますが、現在、この事務所所属の弁護士が代表をつとめていて、クローバーのチラシ(フライヤー)の保管、発送作業なども、また、ボランティア会議もこの事務所でやっています。また、NPO法人豊島子どもWAKUWAKUネットワークとも協力して活動をしています。
僕がこの団体の活動に参加したのは、昨年12月で、まだ、最近ですが、クローバーの活動自体は、もう、十年近い歴史があり、最近急増しているこの種のボランティア団体のさきがけ的存在と言ってよいと思います。最近は、新しい無料学習塾が全国的に増えているようですが、それだけ、需要が増えているということなのだと思います。
なお、僕自身は、仕事のスケジュールの関係で、今年は、クローバーの活動への参加は、ほとんど、春休み、夏休み、冬休みといった休暇の時期限定になってしまう見込みです。みな、参加できるときに参加して、全体として活動を維持しているという状況ですが、学生ボランティアの存在はとても大きいです。
クローバーのホームページの中のボランティア紹介のページに載っているボランティアはごく一部のメンバーで、こういうページでは名前を出していないボランティアが多数います。
活動の目的は、経済事情で塾に通えない小中学生など、地域の子ともたちの学習支援ですが、こういう活動は、ボランティアにとっても勉強になり、学生ボランティアにとっても貴重な体験になっているのではないかと思います。

〔当ブログ内の関連記事〕
http://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/52428451.html

「花劇場」建設工事開始、浅草花やしき

先月は、浅草凌雲閣の遺構が見つかったという工事現場(花やしきからひさご通りをはさんで西側)を見に行ってきましたが、今日は、Beeタワーの跡地に新ホール「花劇場(かげきじょう)」の建設工事が始まった花やしきで花やしき少女歌劇団のショーを見てきました。

終演後に、園内を散歩してから、園外に出てみたら、花やしき通りで歌劇団のメンバーのうちの5人を発見。写真撮らせていただきました。

hsk180318-0538
花やしき少女歌劇団のメンバー(18年3月18日、花やしき座でのショーの後、花やしき通りで撮影)

今回、撮影させていただいた写真の中央に写っているのは、昨年7月28日のツイート
https://twitter.com/masahirokitamra/status/890892531977797632
で紹介した柳井萌花さんです。萌花さんは、昨年7月13日のツイート
https://twitter.com/masahirokitamra/status/885441501051867136
で紹介した動画の中で、冒頭、木村唯さんの椅子を押しながら登場しているメンバーです。
これらの、昨年夏の一連のツイートは、昨年8月13日のブログ記事
http://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/52419821.html
からリンクをはってあり、また、同じ日のツイート
https://twitter.com/masahirokitamra/status/896627668187086849
にリンクをいれてあります。
その、昨年のツイートで紹介した動画の多くが、一昨年夏まで花やしきのシンボル的存在と言われていたBeeタワーの下にあったフラワーステージでの花やしき少女歌劇団のショーの映像ですが、Beeタワーは16年10月に解体され、現在、花やしき少女歌劇団のショーは、園内の劇場、花やしき座で行われています。
16年10月1日のブログ記事
http://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/52402872.html
に、解体直前の16年9月30日に撮影したBeeタワーとフラワーステージの写真を掲載しています。
花やしき少女歌劇団は、一時は、Beeタワーの跡地に設置された仮設の「特設ステージ」でショーを行っていましたが、花やしきのホームページなどによると、Beeタワーの跡地には、来年、新しい多目的ホール「花劇場(かげきじょう)」が作られるということです。
Beeタワーの跡地は、また工事用のフェンスで囲まれていました。

hanayashiki180318-0534
Beeタワー跡地が工事用フェンスで囲まれた浅草花やしき(18.3.18、園内の建物屋上から撮影)

〔北村正裕ホームページ内の関連ページ〕
http://masahirokitamura.my.coocan.jp/merrygoround-l.htm

【2018.5.11追記】
先月更新された花やしきのウェブサイト内の花やしき少女歌劇団紹介のページ
https://www.hanayashiki.net/stage/stage-c
を見ると、2014年夏に「8月のメリーゴーランド」の名演を披露した塩田怜里さん、酒井美紅さん、柳井萌花さん、木村唯さん、村岡桃香さん、大橋妃菜さん、小坂衣純さんの7人のうち、残っているのは、柳井萌花さん一人だけになってしまったようです。
指導者の方も、例えば、昨年出版された芳垣文子さんによる木村唯さんの伝記本「生きて、もっと歌いたい」の中で、いくつもの重要な証言をされていた足立美幸さんが、昨年、退団されたようです。
足立さんは、昨年12月に、インスタグラムへの写真の投稿
https://www.instagram.com/p/BchvOIaFed5/
のさいに、
『花やしき少女歌劇団』を語る上で欠かせない唯の存在、私が担当し始めた頃から切磋琢磨し共にステージを作り上げた大切な生徒であり仲間。
たくさんの事に気付かせてくれ教えてくれた。
三回忌を迎えた今も、唯がこの場にいない事は本当に悔しい」
と書きこんでいて、同時に、
「私がみんなの元を離れなければならなくなった理由もはっきり口に出せて良かった」
と書かれています。
花やしき少女歌劇団に残る人たちにも、離れる人たちにも、これからの活躍を期待したいと思います。
(2018.5.11追記)

浅草の工事現場で凌雲閣の基礎遺構発掘

2月15日、北村正裕の新作物語『占い師の別館』(Kindle版)
https://www.amazon.co.jp/dp/B079TRP714
のAmazon キンドルストアでの販売が始まりましたが、この物語の中には、東京大空襲で倒壊した浅草凌雲閣について語られる場面があります。その『占い師の別館』電子出版の直前に、浅草の工事現場での凌雲閣の基礎(土台)部分とみられる遺構が発見されたという報道が流れたのは、まったくの偶然、奇遇だと思います。
朝日新聞の記事
https://www.asahi.com/articles/ASL2G44NGL2GUTIL019.html
は、ちょうど、上記電子出版と同じ2月15日でしたが、東京新聞の記事
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201802/CK2018021002000137.html
は、2月10日付となっています。

浅草凌雲閣の倒壊は、例えば、アニメ版「こち亀」第214話「十二階で逢いませう」の背景となっており、これを見て以来、気になっていたのですが、昨年2月に電子出版した創作物語『8月のメリーゴーランド』(Kindle版)の中では、登場人物が、そのアニメ版「こち亀」の「十二階で逢いませう」について、そして、パチンコ店の入り口にある凌雲閣の記念碑について語るシーンをいれ、また、昨年は、関東大震災の起こった9月1日に、その浅草凌雲閣の記念碑の写真(2017.8.20撮影)をツイッターに投稿もしました。
https://twitter.com/masahirokitamra/status/903536281484902401

今回、『占い師の別館』の中では、「こち亀」の話は出てきませんが、またしても、浅草凌雲閣の倒壊の話を登場させてしまったのは、アニメ版「こち亀」に限らず、浅草に関するの魅力ある芸術や、街そのものの不思議な味が関係しているのだと思います。

今回の遺構発見に関しては、すでに、SNSで話題になっており、例えば、小中千昭さんが、ツイッターで、詳しくリポートしてくれています。
https://twitter.com/yamaki_nyx/status/962663983038656512
また、インスタグラムには、Tokyo Japan jpさんが「発掘」現場の写真を投稿されています。
https://www.instagram.com/p/BfNx-jcB2SV/

そして、僕は、今日、2月17日、ようやく、現地に行ってきました。15日の朝日新聞記事にあるように、すでに、遺構の煉瓦(レンガ)はなくなっていましたが、工事現場を囲む柵の外には、凌雲閣の絵が掲げられていて、現地を確認できました。記念碑があるパチンコ店の西側の路地をはいってすぐの右側。つまり、パチンコ店のすぐ北側で、花やしきからは、ひさご通りをはさんで、ほとんど西側の隣といった位置でした。

ryounkakuikou180217b0526
浅草凌雲閣の遺構が発見された工事現場。凌雲閣の絵も掲げられていました。18.2.17撮影。

hanayasikidoori180217b0527
花やしき笑運閣門前付近から凌雲閣の記念日があるパチンコ店方向を望む。18.2.17撮影。
浅草凌雲閣の遺構が見つかった工事現場は正面、ひさご通りの向こう側あたり。


〔Amazon著者(北村正裕)ページ〕
https://www.amazon.co.jp/-/e/B00BB4R4V2

〔関連ツイート〕
https://twitter.com/masahirokitamra/status/964471243977105408

〔関連インスタグラム投稿〕
https://www.instagram.com/p/BfQhmqMB5zr/

〔北村正裕ホームページ〕
http://masahirokitamura.my.coocan.jp/

フリースクール&無料学習支援ボランティア

現在、仕事のスケジュールが空いている時期を利用してボランティアとして参加している教育関係の二つの団体を紹介します。
ひとつは、フリースクール、東京シューレ。東京シューレは、不登校の子どもたちの居場所、学びの場として、1985624日に設立されたフリースクールですが、当時、その設立趣旨に賛同した僕は、塾の教師を始めてまもない時期でしたが、設立直後の同年72日に見学させてもらい、そのときの見学記が、「東京シューレ通信」第1号に掲載されています。

P_20180123_140325
東京シューレ王子に保管されている85年の「東京シューレ通信」第1号(18.1.23撮影)

僕の創作物語『何もない遊園地』(Kindle版、2013年版&2017年改訂版)の第1話「探偵の部屋」のイメージには、85年に見学させていただいた東京シューレのイメージが色濃く反映されていると、自分自身で思っています。
当時は東十条駅近くにあった建物の一室を借りてのスタートでしたが、王子駅近くの独自の建物に移転した現在の東京シューレの室内には、すでに300号を突破した「東京シューレ通信」がすべて保存されており、僕の「東京シューレ見学記」が掲載されている第1号も保管されています。
東京シューレ創設者の奥地圭子さんは、今でもお元気で、東京シューレやフリースクール全国ネットワークなどで精力的に活動されていて、最近では、マスコミへの登場機会も多くなっているので、ご存じの方も多いと思います。
東京シューレのホームページは
http://www.shure.or.jp/
です。

もうひとつは、東京、豊島区で、経済事情で塾に通えない子どもたちの無料学習支援などをする地域のボランティア団体です。団体名はクローバーといいますが、池袋にある東京パブリック法律事務所の弁護士さんなどの地域の社会人ボランティアと大学生ボランティアが豊島区の施設を使って活動しています。「豊島子どもWAKUWAKUネットワーク」というNPO法人と連携して活動していますが、「豊島子どもWAKUWAKUネットワーク」や、それと連携して活動している「子ども食堂」については、マスコミでも取り上げられる機会が多くなっているようです。
クローバーのホームページは
http://clovertoshima.wixsite.com/toshimaku-clover
豊島子どもWAKUWAKUネットワークのホームページは
https://toshimawakuwaku.com/
です。

僕の場合は、現在、予備校講師の仕事の他、音楽活動などの時間も確保していきたいので、ボランティア活動にあてることができる時間は限られてしまいますが、参加している多くのボランティアの人たちが、同じように、時間のとれるときに参加して、全体で活動を維持しています。設立から30年以上になる東京シューレの場合は、NPO法人化もされ、OB、OGもスタッフに加わり、現在では全国的な認知度も高いですが、比較的新しい任意団体でボランティアだけで運営する団体の場合は、参加できる人が参加できるときだけでも参加して全体の活動を維持していかないといけません。ボランティアに参加することは、それ自体、とてもいい勉強になると思います。

〔北村正裕ホームページ〕
http://masahirokitamura.my.coocan.jp/
http://masahirokitamura.art.coocan.jp/

〔ツイッター〕
https://twitter.com/masahirokitamra

【追記】
上の記事の中にある創作『何もない遊園地』2017年版(Kindle版)の商品ページは
https://www.amazon.co.jp/dp/B074RGSR8Y/
です。

動画『新世界交響曲の幻影』使用音源と他の録音CD比較・聴き比べ

映像作品『新世界交響曲の幻影-Dream in Dvorak"From The New World"』を制作し、YouTubeで公開しました。
https://youtu.be/kohMN_iNxEo

title01

これは、ドヴォルザーク作曲交響曲第9番「新世界より」第2楽章の自分自身の解釈を自分で書いた絵を組み合わせて作った映像で表現したものですが、使用した音源は、カラヤン指揮、ベルリンフィルによる1964年の録音(ドイツグラモフォンレーベルの音源)です。この曲の音源としては、このカラヤンの1964年の録音以外にも、クーベリック指揮ベルリンフィルによる1973年録音の名盤があり、この両者は、どちらも甲乙つけがたい名演だと思い、特に、ゆったりとしたテンポでじっくりと聴かせてくれるという点では、むしろ、クーベリック盤のほうがさらに秀逸と言ってもよいくらいだと思いますが、今回、1964年録音のカラヤン盤の音源を使用したのは、これが、録音から50年経過して著作隣接権が切れているのに対して、1973年録音のクーベリック盤の音源については、まだ、録音から50年が経過していないという理由からです。
そのクーベリック盤と、今回の動画で使用した1964年カラヤン盤や、その他の録音との比較(聴き比べ)について、少し書いておきます。なお、時間表示は、今回の動画『新世界交響曲の幻影-Dream in Dvorak"From The New World"』の時間表示を記します。これは、冒頭に3~4秒程度のタイトル画面の時間があるため、CDの時間表示との間に数秒程度の誤差があることにご注意ください。
「新世界より」第2楽章の色々な録音を聴いてみると、まず、今回の動画の2分50秒くらいのところに現れるティンパニを伴った音の音量に大きな違いがあり、ここのところで好みが分かれてしまいます。具体的に言うと、この部分、確かに、楽譜にはフォルテシモの記号がありますが、あまり大きな音を出すと、郷愁を奏でるこの音楽の美しさがそがれてしまうように感じ、したがって、僕は、この部分の音があまり強くなりすぎないような演奏が好きです。今回の動画で使用した1964年録音のカラヤン盤と、1973年録音のクーベリック盤は、いずれも、この点で、多くの他の指揮者の録音に比べて、とてもうまい演奏をしているように感じます。特に、クーベリック盤では、まるで、遠くから雷の音が静かに聞こえてくるような響きで、美しく不気味な感じさえするので、今回の動画で表現したような解釈にはとても相性がよいわけですが、今回使用した1964年カラヤン盤も、他の多くの録音と比べて、ここの音が大きく聞こえすぎないようにきれいに演奏されています。同じカラヤン盤でも1985年のウィーンフィルとの録音では、ここの音が、少し大きく聞こえてしまい、僕の場合は、カラヤン盤に関しては、ベルリンフィルを指揮した1964年の録音のほうが好きです。
次に、今回の動画の5分ちょうどくらいから始まる中間部の前半の短調の部分ですが、まるで秋風が郷愁を連れて吹いてくるようなこの部分の演奏は、1964年カラヤン盤の最も美しいところだと思います。もちろん、いくぶんおとなしめのクーベリック盤や、さらにひかえめで、まるで悟りの境地を示すかのような1985年のカラヤン盤も十分美しいのですが、1964年のカラヤン盤のこの部分には、おおげさに言えば心を揺さぶられるような美しさがあるような感じがします。一方、カラヤン、クーベリック以外の録音は、名盤と言われるものでも、その多くで、この部分の演奏のテンポが速すぎて、僕には、少し不満の残るものになってしまっています。
次に、長調に転調してまるでバレエシーンが始まるような中間部の後半、今回の動画の8分52秒くらいのところから始まる部分は、カラヤン盤、クーベリック盤ともに名演。クーベリック盤は、曲全体をゆったりと演奏しているので、どちらかと言えば、カラヤン盤のほうがバレエ的なイメージを連想しやすいかもしれません。
そして、第1の部分でコールアングレによる演奏で始まった主題が、第3の部分で再び現れ弦に引き継がれて、今回の動画の10分37秒と10分44秒の2度途切れる部分。ここの休止符は、1964年カラヤン盤では、とてもよく表現されていると思います。これは劇の登場人物の「居眠り」だな、と思いましたが、「意識の途切れ」と考えれば、別世界への旅立ちという解釈もできるでしょう。今回の動画のラストシーンでは、そういう解釈の可能性も表現したかったわけです。しかし、郷愁たっぷりの曲全体が夢のようなもの。そして、我々が「現実」と呼んでいる世界も、また、ひとつの夢かもしれない。優れた芸術作品は、しばしば、そんなことを示唆してくれているように思います。
今回は、第2楽章のみですが、1964年カラヤン盤と1973年クーベリック盤は、その他の各章に関しても、名演だと思います。中学生のころは、第1、第3楽章が好きでしたが、最近になって、第2楽章がとても好きになってきました。この楽章は、前後の楽章と比べると調の違いもあり、昔は、多少の違和感も感じていて、あたかも「番外編」のようにも聞こえていたのですが、最近では、むしろ、この楽章だけ取り出しても独立して味わえる名作になっているように感じています。特に、中間部の美しさは格別だと感じます。
なお、1973年クーベリック(Kubelik)盤、1985年カラヤン(Karajan)盤(ウィーンフィル)は、いずれも、例えば、Spotify
https://www.spotify.com/jp/
でも配信されています。

〔北村正裕ホームページ(音楽用)〕
http://masahirokitamura.art.coocan.jp/

【18. 2.13追記】
上記のカラヤン盤も、クーベリック盤も、そして、その他の多くの演奏でも、楽譜にある第1楽章の序盤の主題の提示部のリピート(くり返し)は省略されていますが、この繰り返しを省略せずに演奏している録音としては、ケルテス指揮、ロンドン交響楽団による1966年録音盤やショルティ指揮、シカゴ交響楽団による1983年の録音などがあります。こうした楽譜通りのリピートのある演奏は、少数派ゆえの新鮮さを感じさせる一方、「くどい」とも感じてしまいますが、これも人によって好みがあるでしょう。ケルテス指揮、ロンドン交響楽団による1966年録音盤は、第2楽章については、先日書いた動画の2分50秒くらいの部分の音量が、やはり大きすぎると感じてしまいます。ショルティ盤は、そこの大きさはそれほどではないにしても、音のバランスということで言うと、ティンパニは抑えていても金管の音量が大きいので、僕の好みの演奏ではないです。ショルティ盤は、第2楽章のテンポがゆったりしていて、それはよいと思うのですが、カラヤンの1964年盤やクーベリックの1973年盤のほうが、やはり、深みのある演奏だと感じます。好みはひとそれぞれだと思うので、色々聴いてみるとよいと思います。ケルテス(Kertesz)指揮、ロンドン交響楽団による1966年録音盤も、ショルティ(Solti)指揮、シカゴ交響楽団による1983年録音盤もSpotifyで配信されていて、このふたつは、Spotifyで聴けるもので第1楽章の序盤の主題提示部のリピート(繰り返し)を省略せずに演奏しているものの中では、それなりに名演の部類にはいるものかもしれません。他にも、第1楽章の序盤の主題提示部のリピート(繰り返し)を省略せずに演奏している録音はありますが、これまでに見つけたものでは、例えば、ドラティ(Dorati)盤は第1楽章、第2楽章ともにテンポが速すぎると感じるし、また、他に、音のバランスが好みでないものもありました。
(18. 2.13記)

【18.4.20追記】
2月13日の追記で、第1楽章の序盤の主題提示部のリピート(繰り返し)を省略せずに演奏しているものの中では、ケルテス指揮、ロンドン交響楽団による1966年録音盤や、ショルティ指揮、シカゴ交響楽団による1983年録音盤は「名演の部類にはいるものかもしれません」と書きましたが、その後、それらよりさらに魅力的と感じる「名盤」を見つけたので記しておきます。パッパーノ(Pappano)指揮、サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団による2012年ライブ録音盤(WARNER CLASSICSレーベル)。この演奏の第1楽章は、とてもゆったりした演奏で(最後はテンポアップしますが)、この名曲をじっくり味わうことができます。繰り返しにはいる直前に登場する、繰り返しを省略しない演奏に特有の1小節は、余韻を感じさせる響きで、この演奏を聴いて、初めて、省略されることの多いドヴォルザークのリピート指示の意図がわかったような気がしました。繰り返す前の1回目の演奏で、フルートによる第3の主題が出てくる少し前の部分では、木管が弦より先に進んでいて、管と弦の音がずれて聞こえますが、独特な味があるので、もし、これが、偶発ななものでなく、意図的なものだとしたら、かなり巧妙なアイデアで、かつ、すごい技巧だと言えると思います。第2楽章も美しい演奏。1月6日の記事で紹介した動画の2分50秒くらいのところに現れるティンパニを伴ったトロンボーンの音の音量は、クーベリック盤などに比べると少し大きいですが、ゆっくりと出てくる感じで、しかも、ティンパニの音をかき消してしまうほどの大きさではないので、「うるさい」という感じにはなっていません。第3楽章は、かなりテンポが速いですが、第1楽章と第2楽章の前半部をじっくり味わえる演奏として、第1楽章の序盤の主題提示部のリピートを省略せずに演奏しているものの中では、これまでに聴いた録音の中では、今のところ、これが最高だと感じています(第2楽章中間部の後半は速いテンポになっています)。Spotifyでも配信されており、輸入盤CDの入手も可能です。Amazonで探す場合は、「Symphony No.9 & Cello,Dvorak」で検索すると見つかります。チェロ協奏曲(チェロ=ブルネロ)との2枚組で、チェロ協奏曲の方も、やはり、じっくり味わえる名演だと思います。
(18. 4.20追記)

日本のC型肝炎未治療感染者数は百万超!?

注射器の使い捨てが徹底されていなかった時期の注射などで感染が広がったとされ、「21世紀の国民病」とも言われるC型肝炎の新薬の開発が進み、11月27日には、最短8週の服用でウイルス駆除も可能という新薬が発売されたことを紹介する記事
http://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/52425195.html
を、発売当日に掲載しましたが、その後、29日に、朝日新聞の医療面に、「C型肝炎 副作用少ない治療法」というタイトルで、新薬発売情報を含む、治療法の変化についての記事が掲載されました。
かつて中心だったインターフェロン療法にかわり、飲み薬による治療が中心になるという内容ですが、この記事の中に、気になる記述がありました。それは、「感染者のうち未治療の人は推計約50万人」と書かれている部分です。これは、最近の他の複数の資料の中にある推計値と比べると、極端に小さい数値になっています。この記事の中の推計値については、推計者、出典が書かれていないのですが、最近の他の資料の中でどのようになっているか、少し、紹介しておきます。
まず、先日、11月27日のブログ記事の中でも紹介した、『NHKきょうの健康』テキスト2016年5月号の「ウイルス肝炎の治療」の解説(P.58)には、厚生労働省の調査として、日本のC型肝炎の感染者が190~230万人と推定されること、そのうち、実際に医療機関にかかっているのは約37万人で、「多くの人が感染に気付かずに生活していると考えられます」と書かれており、これに基づけば、未治療患者は、153~193万人ということになります。
次に、2015年12月27日に、治療薬ハーボニの発売元の製薬会社、ギリアド社が朝日新聞に出した全面広告の中の茶山一彰先生の説明では、感染者150~200万人のうち、「未治療の患者さんはおよそ120万人と推定されます」となっています。

asahi-gilead151227
2015年12月27日に朝日新聞に掲載されたギリアド社の全面広告の一部

さらに、治療薬エレルサ/グラジナの発売元の製薬会社、MSD社が運営する「C型肝炎の正しい知識(c-kan.net)」のサイトの中のページ
http://www.c-kan.net/knowledge/05.xhtml
に現在掲載されている説明では、
「わが国でのC型慢性肝炎の患者さんは、肝炎症状のないキャリア(持続感染者)を含めると150万〜200万人いると推測されています。年齢は40歳代以上に多く、C型肝炎ウイルス対策が講じられる以前の輸血などの医療行為による感染が背景にあることを示しています。しかし医療機関で何らかの治療を受けている人は50万人にすぎず、残りの100万〜150万人の中には自分がC型肝炎ウイルスに感染していることに気づいていない人もいる可能性があります」
となっています。
もちろん、現在では、輸血の血液の検査も可能になっていて、注射器の使い捨ても徹底されていると思うので、病気の悪化で亡くなったり、治療で治癒したりして、感染者数は減っていくでしょうが、先日、11月29日の朝日新聞記事の中には、「感染に気づいていない、または知っていても治療していない人が減らなくて残念」という田中篤先生(帝京大学)のコメントも掲載されているので、未治療感染者数として「推定約50万」と書かれていることは、ますます、不可解です。たとえば、未治療感染者のうち、C型肝炎と診断されながら継続受診していない人の数だけを記載してしまったというミスの可能性はないのでしょうか?
患者会「東京肝臓友の会」の会報「東京肝臓のひろば」の2017年6月号(第218号)に、3月19日の泉並木先生(武蔵野赤十字病院院長)の講演録が載っていますが、その8ページに、田中純子先生の計算結果として、患者100~150万人のうち、「C型肝炎と言われても、そのあと『あなたはインターフェロンをやる必要はないですよ』とか『あなたはインターフェロンが効かないです』と言われて通院していない方が25~75万人」と書かれいて、この数値だけを取り出すと、先日の朝日新聞記事の中で未治療感染者数として書かれている数値と一致していると言えるかもしれません。しかし、泉先生の講演録には、「自分がC型肝炎に感染しているとまだご存じない方が約30万人いるだろう」とも書かれており、この推定でも、未治療感染者は55~105万人ということになり、先日の朝日記事の中の推計値は、これよりもさらに小さい値になっています。真相はわかりませんが、未治療感染者は、先日の朝日新聞記事にある「約50万人」よりもかなり多い可能性もあると思います。
いすれにしても、昭和生まれの人は、注射器の使い捨てが徹底されていなかった時期の注射でいつのまにか感染している可能性があるので、一度も検査をしたことがないという方は、早めに検査をされたほうがよいと思います。自覚症状が出ないうちに発見できれば、今では、短期間の服薬で、大きな副作用もなしに、比較的簡単にウイルス駆除ができるようになっていますが、病気が進みすぎていると、最近の新薬も使えないようなので、早期発見、早期治療が重要だと思います。
厚生労働省やマスコミ等による啓発活動にも期待したいと思います。

〔ホームページ内の関連ページ〕
http://masahirokitamura.my.coocan.jp/c-kan-l.htm

【追記】
11月29日の問題の記事が掲載されていた朝日新聞医療面に記載されていたメールアドレス宛に、先ほど、上記の推計値の件で、他の資料との食い違いが不可解である旨のメールを送信しておきました。紙面等で説明していただけるとありがたいと思っています。
(17.12.1)

【17.12.15追記】
先月のマヴィレット(グレカプレビル/ピブレンタスビル)発売を受けて、日本肝臓学会のC型肝炎治療ガイドライン
https://www.jsh.or.jp/medical/guidelines/jsh_guidlines/hepatitis_c
が改訂され、「第6版」が昨日、ネットで公開されました。
直接作用型抗ウイルス薬(DAA)での治療歴がない場合の慢性肝炎の治療方法としては、ウイルスの遺伝子型が1型の場合も2型の場合も、新薬、グレカプレビル/ピブレンタスビル(GLE/PIB、商品名=マヴィレット)による治療が推奨治療に加わっています。また、1型の場合には、エルバスビル/グラゾプレビル(EBR+GZR、商品名=エレルサ+グラジナ)によるも推奨治療になっており、また、ソホスブビル/レジパスビル(SOF/LDV、商品名=ハーボニー)なども条件付きで推奨治療になっています(P.121参照)。
一方、DAA前治療不成功例のうち、プロテアーゼ阻害薬+NS5A 複製複合体阻害薬(2014年発売のダクラタスビル+アスナプレビル等)による前治療不成功例の場合には、グレカプレビル/ピブレンタスビル(GLE/PIB、商品名=マヴィレット)の他、条件次第ではインターフェロン療法も選択肢になっているようです(P.213参照)。
新ガイドラインのP.57~58を見ると、グレカプレビル/ピブレンタスビル(GLE/PIB、商品名=マヴィレット)の国内第Ⅲ相(最終段階の治験)でのDAA前治療不成功例33例のうち、グレカプレビル/ピブレンタスビルでもウイルス駆除ができなかった2例は、いずれも、「ダクラタスビル+アスナプレビルによる前治療不成功例であり、いずれも治療開始時にNS5A領域P32欠失が認められた」ということであり、ウイルスにこのP32欠失(欠損)という変異が起こっている場合には、条件次第でインターフェロン療法も選択肢になるようです。
ガイドラインP.124には「プロテアーゼ阻害薬+NS5A 阻害薬による前治療の不成功例で、薬剤耐性変異が惹起されている症例への対応には、難易度が高い総合的な判断を要するため、このような症例の適応判断ならびに治療方針は、肝臓専門医によって検討されるべきである」と書かれています。
なお、千葉肝臓友の会による「C型肝炎新薬が出揃ってきた・どう選べばよいのか? ~未治癒患者はどうすればよいのか?~」のページ
http://chiba-kantomo.com/hepatitis-commentary/3453
が昨日改訂されましたが、それによると、新薬、エプクルサ(一般名=ソホスブビル/ベルパタスビル)が、現在、申請中だということです。
昨年、電子出版したエッセイ『歌う童話作家のC型肝炎闘病二十年~副作用の精神症状での半年入院と社会復帰から新薬での治癒までの舞台裏~』(2016年、Kindle版)に書いたように、僕の場合は、2015年にグラゾプレビル+エルバスビル(2016年発売、商品名=グラジナ、エレルサ)の治験でウイルス駆除に成功し、DAAの使用は、そのときだけです。
(17.12.15追記)

新薬マヴィレット発売、最短8週でC型肝炎が治る時代に

日経新聞のウェブサイト等に11月27日に掲載されたアッヴィ合同会社(abbvie)のプレスリリース
https://www.nikkei.com/article/DGXLRSP464362_X21C17A1000000/
によると、C型肝炎新薬、マヴィレット、発売とのこと。

「肝硬変を有さない、DAA未治療のGT1型およびGT2型の日本人HCV感染患者さんにおいて8週間の治療で99%のウイルス学的著効率(SVR12)を達成」
「DAAによる前治療で治癒していない患者さんにおいて、12週間の治療で94%のSVR12を達成」
等の治験データが掲載されているほか、虎の門病院分院長の熊田博光先生の「今回のマヴィレットの発売により、DAA治療は第3世代へと移行し日本のC型肝炎治療は最終章を迎えると考えています。これまでのDAA療法は、ジェノタイプ、ウイルス耐性の有無、過去のDAA治療歴、または透析など、患者さんの状態によりDAA療法を使い分けていましたが、マヴィレットの登場により1つの治療レジメンでそのほとんどがカバーされることになります」というコメントが掲載されています。

承認のさいの9月27日の日経新聞のウェブサイトに掲載されたアッヴィ社(abbvie)のプレスリリース
https://www.nikkei.com/article/DGXLRSP458539_X20C17A9000000/
によると、このC型肝炎新薬、マヴィレット(グレカプレビル/ピブレンタスビル)について、
「「マヴィレット(R)配合錠」は、肝硬変を有さない、直接作用型抗ウイルス薬(DAA)未治療のジェノタイプ1型および2型のC型肝炎ウイルス(HCV)感染患者さんに対する、日本で初めてかつ唯一の8週間治療薬」
「HCV患者さんの大多数を占める患者群において99%のウイルス学的治癒率に裏付けられた承認」
「代償性肝硬変など特定の治療課題を持つ患者さん、およびDAAによる前治療で治癒しなかったなど治療の選択肢が限られている患者さんに対する12週間投与の治療選択肢でもあります」
「DAAによる前治療で治癒しなかった患者さんでは、12週間の治療で94%(n=31/33)のSVR12が達成されました」
とのこと等が記されています。

昨年7月に電子出版したエッセイ『歌う童話作家のC型肝炎闘病二十年~副作用の精神症状での半年入院と社会復帰から新薬での治癒までの舞台裏~』(Kindle版)で、僕の場合、長い闘病の末、2015年に新薬の治験に参加してウイルス駆除に成功したことを書きましたが、そのときの新薬、グラジナ/エレルサ(グラゾプレビル/エルバスビル、2016年承認)の服薬期間が12週だったのに対して、今回承認された新薬、マヴィレット(グレカプレビル/ピブレンタスビル)の場合、最短で8週という、さらに短い治療期間での治癒が可能になったことになり、また、これまでの直接作用型抗ウイルス薬(DAA)での治療で治癒に至らなかった人に対しても12週の服用で高い治癒率が期待できるようなので、最近の治療薬の開発の進展には目をみはるものがあります。さらに、グラジナ/エレルサがウイルスの遺伝子型(ジェノタイプ)1型の場合に限って承認された治療薬だったのに対して、今回の新薬は1型、2型どちらの場合にも使えるという点でも、これまでの治療薬になかった特長を持っているということになるようです。

アッヴィ社によるC型肝炎の解説サイト「C型肝炎サポートネット」
http://cgatakanen-support.net/
の中の「C型肝炎とは」のページ
http://cgatakanen-support.net/before/index.html
には、
「現在HCVに感染している方は過去の輸血や使い回しの注射などが原因と考えられます」
「30歳以上の100人に1~3人がC型肝炎ウイルスに感染」
「C型肝炎は日本の慢性肝炎のうち約70%を占め、無症状の人を含めるとHCV感染者は150万〜200万人いると推測され、「21世紀の国民病」と呼ばれることもあります」
「「沈黙の臓器」である肝臓は肝炎になっても自覚症状を感じにくいため、感染していることに気づかない方、あるいは感染を知っていても放置したまま治療を受けない方が多いという問題もあります」
と書かれています。

NHKきょうの健康』テキスト2016年5月号の「ウイルス肝炎の治療」の解説(P.58)には、厚生労働省の調査として、日本のC型肝炎の感染者が190~230万人と推定されること、そのうち、実際に医療機関にかかっているのは約37万人で、「多くの人が感染に気付かずに生活していると考えられます」と書かれており、せっかく短期間の簡単な治療で治るようになった病気を放置して重症化してしまうのは、何とも、もったいないことです。今では、早期発見、早期治療ができれば、インターフェロン療法中心だった時代と違って、大きな副作用もほとんどなく、短期間の治療で比較的簡単に高い確率で治せるようになったので、特に、注射器の使い捨てが徹底していなかった時期の注射を何度も受けて感染している可能性が低くないとされる昭和生まれの方で、まだC型肝炎の検査をされたことがない方がいらっしゃいましたら、早く検査を受けて、もし、感染が判明したら、専門医のいる病院を受診して、それぞれの人にあった治療を検討するとよいと思います。

今回の新薬については、発売前から、医療関係者の方々も、ブログ等で話題にされていて、例えば、
「肝臓病と共に生きる人たちを応援します」というブログには、10月11日に「マヴィレット製造承認」の記事 いよいよ全てのC型肝炎ウイルス型で使う薬へ」という記事
http://blog.goo.ne.jp/mizuironokomorebi/e/c88fab12aa20ef031c474b48f885be0c
には、マヴィレットの説明書の画像も載っています。

〔HP内の関連ページ〕
http://masahirokitamura.my.coocan.jp/c-kan-l.htm

トトロの森を散策

11月5日、トトロの森(埼玉県所沢市)散策に行ってきました。僕の音楽ライブに来ていただいている方達等との親睦会でもあります。

アニメ映画 「となりのトトロ」の作品中に地名が出てくる「松郷」「牛沼」地区は、もっと東のほうで、そのあたりは、僕が子ども時代を過ごした地域で、2013年に久々に松郷、牛沼地区を散策しに行ったときに、そのとき写真や昔の写真を、少し、13年3月2日の記事
http://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/52279344.html
に掲載しています。


今では、所沢市内で森林が残っているのは入間市寄り(西寄り)の狭山丘陵だけになってしまっているため、このあたりをトトロふるさと基金が買い取って「トトロの森」と名付けて保全しているようです。
今回散策したのは、1号地、3号地、11号地、そして7号地近くの「北野の谷戸」、さらに、その近くの藤森稲荷神社などです。西武球場前駅に戻るときには狭山湖畔を歩き、今回は、全部で4時間くらいの散策になりました。

totoro1-171105-0509
トトロの森1号地で(17.11.5)

totoro11kanban171105-0501
トトロの森11号地看板(17.11.5)

totoro11-171105-0498
トトロの森、11号地の看板付近の風景(17.11.5)

totoro7-171105-0491
トトロの森、7号地近くの「北野の谷戸」で(17.11.5)

totoro-kitanoyato171105-0492
トトロの森、7号地近くの「北野の谷戸」で(17.11.5)

totoro11keijiban171105-0497
トトロの森11号地近くにある案内マップ(17.11.5)

totorohujimoriinari171105-0487
藤森稲荷神社(トトロの森7号地の近く)で(17.11.5)


〔音楽情報用ホームページ〕
http://masahirokitamura.art.coocan.jp/

〔フェイスブックページ〕
https://www.facebook.com/masahirokitamura1958/

〔ツイッター〕
https://twitter.com/masahirokitamra

記事検索
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計: