3つの動く仕切り板、ついたて、壁のようなディスプレイに様々な画像が映し出される仕組みで、他には大きな舞台装置はなく、簡素な演出。例えば、第3幕では、画像を映し出すついたてのような壁以外には、公園か駅のホームの水飲み場のような「聖水」と、花と宝石を置くための簡素なテーブルと小さな四角い椅子がある程度でした。
第1幕でメフィストフェレスがファウストにマルグリートの幻影を見せる場面では、マルグリートは登場せず、背景の壁に女性の顔(の一部)の画像が映し出されるという演出でした。このとき、ファウストは後ろを見ていないので、幻影は客席側に見えているというように考えるべきなのでしょう。
幻想のようなバレエが第1幕から登場、最初は、ファウストの机の下から妖怪のように登場し、合唱が聞こえてくる場面では、背景の壁の隙間から登場していました。
第3幕のファウストの「この清らかな住まい」の場面では、3つの壁のディスプレイに淡いグリーンと白の花が現れ、それが青に変化、そして、マルグリートの「宝石の歌」が始まると赤いバラに変わり、さらにチューリップなども現れるという具合に、場面ごとに、画像がどんどんと変化していました。
第4幕では、教会の場が街の場(兵士の合唱~決闘の場面)の後になっていました。この順番にすると、教会の場とその後のワルプルギスの場面のつながりがよくなる半面、その前のマルグリートの寝室の場の最後のマルグリートの「教会に行ってくる」という言葉と実際の教会の場面とが離れてしまうといった問題点もあり、この順番には、一長一短あると思います。
第5幕前半のワルプルギスの場面に挿入されたバレエ音楽は7曲中5曲。7曲あるバレエ音楽のうちの第5曲(トロイの踊りの曲)と第6曲(鏡の踊りの曲)は使用されませんでした(バレエ=NNIバレエアンサンブル、振付=伊藤範子)。
そのバレエ音楽の第2曲(アダージョ)では、マルグリートとファウストを表しているような男女2人の踊りが展開し、舞台左手前にマルグリートが現れてそれを見ているという演出。マルグリートは第4曲(クレオパトラの音楽)が始まると、一旦、退き、その第4曲では、第2曲でファウストとマルグリートを演じていた二人のダンサーが、今度は、剣を持って決闘。これは、ファウストとヴァランタンを表しているようで、今度は、舞台左手前にヴァランタンが現れてこの踊りを見るという演出、そして、舞台右手前では、ファウストとメフィストフェレス。第4曲の最後には、また、マルグリートが現れて、そのままバレエシーンの最後まで舞台に残り、ファウストが彼女の幻影を見る場面へつなげていました。
ラストの牢獄の場のラストでは、舞台右奥で合唱団員たちがマルグリートを囲んでの救済の合唱、ファウストとメフィストフェレスは左後方に引き下がっていました。
27日は、ファウスト役の村上敏明さんが不調でボロボロの状態でしたが、28日は、一転、ファウスト役の澤崎一了さん、マルグリート役の迫田美帆さん等が美声の競演で、素晴らしい舞台でした。
阿部加奈子さんの指揮は明解かつエネルギッシュ。例えば、第2幕のワルツが始まる部分などは、速めのテンポで軽快に演奏し、シーベルやマルグリートの登場場面ではテンポを落とし、ワルツ冒頭のメロディーの再登場とともに再びテンポアップという自然な緩急の変化を強調していました。そして、オーケストラに対してだけでなく、舞台上の歌手にも左手を高く上げて合図を送っていました。特に、歌手の歌い出しのタイミングでは、必ず、合図を出すという徹底ぶり。実に親切なオペラ指揮者だと思いました。プロンプターの役割までこなしているようでしたが、こうした指揮者の合図は歌手にはありがたかったかもしれません。振り方も大きく、さらに、全身でエネルギッシュに振り続けるので、演奏者にも歌手にもわかりやすいだろうと思います。実際、明解な音が鳴っていたと思います。こういう振り方は、よほどの体力がないとできないだろうと思います。そして、エネルギッシュと言っても、決して、大きい音量で押しまくるというわけではなく、例えば、第3幕後半のファウストとマルグリートの2重唱での「永遠に!」というハーモニーの部分など、実に繊細に微弱音を聴かせていました。
ラスト、牢獄の場の終盤では、メフィストフェレスがファウストを急がせる場面で速くなったテンポを、最後の最後で落として演奏しようという姿勢が見られ、27日の公演では、最後はかなりじっくりと聴かせるテンポになっていたのに対して、28日の公演では、27日の公演のときほどテンポが落ちなかったと思いますが、これは、28日の歌手陣が勢いづいていて、テンポを落とせなかったためではないかと感じました。というのは、指揮者がテンポを落とすはず、と思った瞬間、テンポの落ちない歌手の声と指揮者の指示通りにテンポを落とし始めたオーケストラの音が少しずれたように感じたのです。このまま指揮者が予定通りにさらにテンポを落とすと、歌手とのズレが修正できないかもしれないと感じた瞬間、指揮者がテンポを落とすのを止めて歌手の勢いに乗ることを選択したように感じました。これは、あくまでも、僕の印象ですが、前日の演奏が頭に残っていたので、そのように感じました。エネルギッシュであると同時に、指示が明解で冷静という印象なので、このようなとっさの判断もできそうな指揮者だというように聴いていて感じました。こんな完璧な仕事、いつでもできるというものでもないのではないかとも思ってしまうほど、見事な指揮ぶりだったと思います。今回、ほとんど指揮者の真後ろとも言えそうな座席が確保できたので、熱演を続ける指揮者ごしに歌手を見ていましたが、指揮者の後ろ姿を見ているだけで観客の自分が気合がはいってしまうほどだったので、演奏者と歌手は気合がはいって当然でしょう。すごい舞台を目撃してしまいました。
〔1月28日、Xへの投稿〕
https://twitter.com/masahirokitamra/status/1751583328472633375
〔ホームページのバレエ・オペラコーナー〕
http://masahirokitamura.my.coocan.jp/swanlake.htm
〔日本オペラ振興会、24年藤原歌劇団「ファウスト」公式サイト〕
https://www.jof.or.jp/performance/2401-faust-tokyo