北村正裕BLOG

【北村正裕のナンセンスダイアリー】童話作家&シンガーソングライター、北村正裕のブログです。 執筆情報用ホームページ(童話作家・北村正裕のナンセンスの部屋) http://masahirokitamura.my.coocan.jp/ と、音楽情報用HP(北村正裕アート空間) http://masahirokitamura.art.coocan.jp/ もよろしく。 ツイッターアカウントは「@masahirokitamra」です。

安房直子

安房直子さんの最高級メルヘン「ひぐれのひまわり」

「安房直子記念 ライラック通りの会」の発足については、昨年4月6日の記事
http://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/52362408.html
に書きましたが、その記事でも、特に気に入っている作品としてあげた「夏の夢」「ほたる」「ひぐれのひまわり」の3作品のうち、「ひぐれのひまわり」の朗読や挿絵展示などが、明日、17日の「ライラック通りの会」であるそうです。会のブログ記事
http://lilac-dori.hatenablog.com/entries/2015/11/23
に詳細が載っています。こちらのブログでの紹介が遅れてしまいましたが、本日16日までメールでの参加申し込みを受け付けるそうです。

「ひぐれのひまわり」は、安房さんの作品の中でも、特に、せつなさがきわだっている名作だと思います。物語は、「ひまわりは、ひぐれに夢をみるのです」という書き出しで始まります。「夢落ち」という言葉がありますが、この作品では、最初に「夢」だと書かれているのに、それが、だんだん、リアリティを感じさせるものになり、最後には、
「このできごとが、ひぐれの夢の中の事なのか、本当の事なのか、それとも
夢と現実のまじりあったものなのか、ひまわりには、わかりません。
わからないままに、ひまわりはその夏をすごし、
夏のおわりに、小さくしおれて枯れました」
と結ばれるのです。

川沿いを走る少年の夢を見続けるうち、物語の中で、ひまわりは、ひとりの生きた娘となり、少年といっしょに「あの町まで行けたらいいのに」と思うようになります。少年は、劇場の踊り子のところに通うために毎日走っていたのでしたが、ある日、踊り子を刺して逃げて来る少年を、ひまわりの娘はボートの中にかくまい、追ってきた人たちには別の方角を示して、少年を逃がすのです。そして、
「娘の心に、
言いようのないよろこびが、ゆっくりとわきあがって来ました」
と語られます。
これが、この世でのたったひとつの喜びだとでも言うようなひまわりの娘。不条理とでも言えるくらいにせつないこの物語には、比類のない不思議な美しさがあります。
安房さんが目を向けるのは、決して、社会とか価値観ではありません。むしろ、価値を認められないもの、あるいは、価値観でゆがめられる以前の世界なのかもしれません。あるいは、世界という概念にさえ、疑いを持っているようにも思えます。この世は、すべて、夢かもしれない。そんな思いが素直に表れている作品だと思います。

この「ひぐれのひまわり」は、
『安房直子 十七の物語 夢の果て』(2005年、瑞雲舎)
http://www.amazon.co.jp/dp/4916016580/
に収録されています。『夢の果て』というタイトルの安房さんの作品集は、ほかにもあるのでお間違いにならないよう、ご注意ください。現在、絶版になっていない作品集で、この作品が収録されているのは、多分、この瑞雲舎の本だけだと思います。また、この本には、名作「ほたる」も収録されています。絵は、味戸ケイコさんです。

ところで、先にも書いた、安房さんの作品の中でも特に気に入っている「夏の夢」「ほたる」「ひぐれのひまわり」の3作品は、いずれも夕暮れの物語ですね。実は、まもなく、シンガーソングライターとしての北村正裕ライブアルバム「宝石の作り方」がiTunes、Amazonデジタルミュージック等で配信発売となる予定なのですが、僕のこのアルバムの収録曲7曲のうち、4曲の歌詞の中に「夕暮れ」または「夕焼け」という言葉が出てくるので、アルバムジャケット画像には、自分で昨年撮影した夕暮れの風景写真を使うことにしたのですが、今回、改めて、安房さんの作品を振り返って、自分の「夕暮れ」好みに気付かされました。北村正裕ライブアルバム「宝石の作り方」の配信発売については、音楽用ホームページ(北村正裕アート空間)
http://masahirokitamura.art.coocan.jp/
に掲載します。

「安房直子記念 ライラック通りの会」発足

「安房直子記念 ライラック通りの会」が発足し、4月5日に、第1回の会が開かれ、僕も参加しました。安房さんが作品を発表していた同人誌「海賊」のメンバーだった方などが世話人となっていて、「花豆の会」の活動を引き継ぐ形で、童話作家、安房直子さんの作品を語り継ぐ会で、会の詳細は、会のブログ
http://blog.goo.ne.jp/awa-lilac
に掲載されています。
今回は、安房さんとの名コンビで多くの絵を描かれた画家の味戸ケイコさんを招いての会で、味戸さんのお話をうかがうことができました。
色々なお話をうかがうことができましたが、ひとつだけ紹介しますと、味戸さんが、安房さんの「鳥にさらわれた娘」の絵本化を出版社に提案したところ、「ストーカーみたいな話だなあ」と言われ、採用されなかったとのことです。出版界の現状を垣間見るようなお話と感じました。味戸さんの提案でさえなかなか採用されないのですから、僕が、自分の作品を持ち込んでもなかなか採用されないのは当然でしょうね。そういう中で、たとえば、かつて、僕の「遺失物係と探偵」が、安房さんの「北風のわすれたハンカチ」とともに、偕成社発行のアンソロジー「わすれものをした日に読む本」(1992年)に収録されたことなどは、幸運だったと思っています。これは、自分で売り込んだのではなく、私家版で出した作品を編集委員の方に拾ってもらったものです。
僕の場合、かつて、安房さんの「夏の夢」、「ほたる」(講談社文庫「だれにも見えないベランダ」所収、現在は絶版)を読んだのがきっかけで、自分も童話を書こうと思うようになったので、安房さんは特別な作家です。この2作品は、いまでもとても好きな作品ですが、最近では、「ひぐれのひまわり」もとても好きです。
僕が特に気に入っている「夏の夢」「ほたる」「ひぐれのひまわり」の3作品は、どれひとつとして、偕成社の「安房直子コレクション」に収録されていないのですが、これも、出版社の方と自分の好みの違いを象徴していることのように思えます。

しかし、一方で、以前、13年10月25日の記事
http://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/52309707.html
の中でも書いたように、名作童話集「銀のくじゃく」がkindle版電子書籍として電子出版されるなど、入手しやすくなっているものもあります。

ホームページに「安房直子作品集と収録作品」のページ
http://homepage3.nifty.com/masahirokitamura/awa.htm
がありますので、ご参照いただければさいわいです。

【15. 6.15追記】「安房直子記念~ライラック通りの会」のブログのURLが変更になりました。新しいブログのURLは
http://lilac-dori.hatenablog.com/
です。
(15. 6.15追記)

『春の窓-安房直子ファンタジスタ』は「女性のため」の本?

講談社X文庫ホワイトハートシリーズの1冊として、『春の窓-安房直子ファンタジスタ』が発売になりましたが、この本、帯に「おとなの女性のための」という宣伝文句が書かれているのが、安房直子ファンの男性としては、少々気になります。安房さんの作品のような優れた創作メルヘンは、老若男女を問わず楽しめるものでしょうから、読者や批評家が「大人向き」とか「女性向き」という感想なり批評なりを書くのならともかく、出版社によって「女性のため」というレッテルを貼られてしまうことには違和感を抱かざるをえません。「童話は子どもが読むもの」と思いこんでいる人たちの先入観に対抗するために「おとなのため」と書くなら、それなりの意義はあるでしょうし、先日、このブログの中の記事
http://masahirokitamura.blog.drecom.jp/archive/54
で紹介した酒井駒子さんの『金曜日の砂糖ちゃん』などの魅力的な本が、例えば、紀伊国屋書店新宿本店の「大人向け絵本」のコーナーなどで見つかりますから、こういうコーナーはそれなりに貴重かもしれません。しかし、帯に「女性のため」とまで書かれると、やはり、「なぜ?」と思ってしまいます。いろいろな商品販売の世界では、特定の購買層に絞ったセールスが効果的であるというような話は聞いたことがありますし、本の世界でも、マンガ雑誌などは、男性向け、女性向けというはっきりとした色づけがされているものが多いようですが、児童文学の世界は、そういう商業主義的な手法がはいりこんでいない聖域のようなところだと思っていたのですが、いわゆるヤングアダルトを対象とした文庫シリーズへの進出の代償なのでしょうか?ともあれ、新しい読者を増やすことに貢献すれば、今度の本にも、それなりの価値はあるということになるのでしょう。
絵に関して言えば、カバーに、イラストレーターユニットの100%ORANGEによる絵があるだけで、本の中には、挿絵がないので、絵やデザインによって新たなイメージを得るということが出来ないのは残念で、旧来からの安房直子ファンにとっては、物足りなさがあるのも否定できないわけですが、これまた帯に「発見!」などと書かれているので、あくまでも、これまで上質の創作メルヘンに接する機会に恵まれなかった人たちのための、お手頃価格の一冊というのが、この本のねらいでしょう。
僕自身も、前に、このブログの記事
http://masahirokitamura.blog.drecom.jp/archive/57
などで書いた通り、かつて、講談社文庫の『だれにも見えないベランダ』に収録されていた「夏の夢」に感動して、それが、自ら童話を書くようになったきっかけにもなったのです。今回の本には、その「夏の夢」もはいっていませんし、「さんしょっ子」などの初期の名作もはいっていませんが、収録作品の中の「日暮れの海の物語」や「だれにも見えないベランダ」などに安房さんの魅力を感じて、他の本も読んでみようと考える人が出てくるかもしれません。
それから、まったくの私事ながら、今回の収録作品には、以下のような理由で、僕にとっては、縁のようなものを感じさせられるものがあります。

収録作品の中の「あるジャム屋の話」は、もともと、月刊「MOE」1985年4月号(当時は偕成社発行)に発表されたものですが、「MOE」のこの号の巻頭には、僕の「うさぎのおもちゃ」という詩が、飯野和好さんの絵とともに掲載されています。

もうひとつ、「北風のわすれたハンカチ」は、偕成社から1992年に発行された『わすれものをした日に読む本』というアンソロジーにも収録されていますが、この本には、僕の「遺失物係と探偵」という作品も収録されています。この本には、14人の作家の作品が1編ずつ収録されているのですが、寺山修司さんや、小沢正さんのおもしろい作品もあります。14編のうち、11番目からの作品をリストアップしておきますと、
11番目……「こぶたとうさぎのハイキング」(小沢正)
12番目……「生まれた年」(寺山修司)
13番目……「遺失物係と探偵」(北村正裕)
14番目……「北風のわすれたハンカチ」(安房直子)
と、なっています。そして、この本は、「小学中級から上級向」に、現代児童文学研究会(石井直人、藤田のぼる、宮川健郎)によって編集された「きょうはこの本読みたいな」シリーズの中の1冊です。

さて、今回の収録作品のうち、これまでにもいくつもの本に収録されてきた「日暮れの海の物語」について、改めて感じたことを少し書いておきます。ここには、初期の名作「さんしょっ子」にも匹敵するせつなさが感じられますが、「さんしょっ子」では、〈だいじなお手玉、あげたのに……。〉という胸にしみる言葉を残して、失意のうちに去っていくさんしょっ子がいとおしく描かれ、作品のタイトルにもなっているのに対して、「日暮れの海の物語」でさえに裏切られたかめは、終止、不気味に描かれているので、このかめに感情移入する人は、もしかしたら、少ないかもしれないと思いました。物語の中心は、あくまでもさえだと思っている人が多いのではないでしょうか。帯に「女性のため」と書いた出版社の人も。もちろん、さえが主人公のひとりであるのは間違いないでしょうが、さえに裏切られたかめが、この世の不条理を無言で訴えて、せつなくなります。安房直子作品の主人公の少女は、しばしば、うそをついたり、裏切ったりしますが、そのうそや裏切りが、世界の裏切りを告発しているように思えてなりません。この作品など、せつなすぎて、やりきれないという感じが残ります。でも、これが、この現実世界だとすれば、この世界の存在そのものが、間違っているんじゃないか……と、そこまで言うのは、言い過ぎでしょうか。もし、さえの最大のうそが、「正太郎が好き」ということであったなら、さえも、かめも救われるのに。さえさん、作者にもうそをつき続けていたのでしょう?そうでなかったら、悲しすぎるじゃないですか。「あたしはかめを裏切った……」というさえのラストの一言が印象に残ります。

なお、今回の『春の窓?安房直子ファンタジスタ?』(講談社X文庫ホワイトハート)収録作品は、以下の通りです。
収録作品=黄色いスカーフ/あるジャム屋の話/北風のわすれたハンカチ/日暮れの海の物語/だれにも見えないベランダ/小さい金の針/星のおはじき/海からの電話/天窓のある家/海からの贈りもの/春の窓/ゆきひらの話

この収録作品の中では、1971年に旺文社から出版された「北風のわすれたハンカチ」がいちばん古い(初期の)作品ということになると思いますが、この単行本が、2006年にブッキングにより復刊されており、これについては、ネット上にもいくつかの感想記事があります。
ひとつ紹介しておきますと、
「こどもの時間」というブログの
http://yukigahuru.blog113.fc2.com/blog-entry-47.html
の記事には、作品のていねいな紹介があります。

〔HP内の関連ページ〕
安房直子童話作品集と収録作品
http://homepage3.nifty.com/masahirokitamura/awa.htm 続きを読む

安房直子作「きつねの窓」関係記事など

当ブログでは、今年にはいってからも、
http://masahirokitamura.blog.drecom.jp/archive/43
http://masahirokitamura.blog.drecom.jp/archive/47
の記事で、安房直子さんの童話について触れ、他のブログの関連記事の紹介もしましたが、その後、また、あらたに、関連記事が登場しているようなので、ふたつほど、紹介します。

ひとつは、
「epi の十年千冊」というブログの
http://epi-w.at.webry.info/200808/article_5.html
の記事で、ここには、偕成社文庫版の『風と木の歌』が紹介されています。

もうひとつは、
「++薫風日記++」というブログの
http://plaza.rakuten.co.jp/nana16/diary/200804190000
の記事で、ここには、講談社文庫の『南の島の魔法の話』が紹介されています。

これらの記事で紹介されている2冊の本には、いずれも、「きつねの窓」「さんしょっ子」「鳥」「夕日の国」といった初期の名作が収められていて、郷愁に満ちあふれた安房さんの作品世界を味わうことができる本です。上記記事にも、それぞれの方の感想が書かれていますが、「淋しさ」あるいは「物悲しさ」という言葉がひとつのキーワードになっていて、たしかに、安房さんの魅力の重要なポイントがそこにあると、僕も思います。
そして、とくに、安房さんの初期の作品では、"夢"の世界を覗いた主人公が、最後には、"現実"に戻って来ることで、幻想世界への郷愁が増幅されるような作りになっていて、「きつねの窓」の「ぼく」も、きつねの窓の中の世界にはいってしまうわけではありません。
それに対して、先日、
http://masahirokitamura.blog.drecom.jp/archive/52
http://masahirokitamura.blog.drecom.jp/archive/51
の記事などで紹介した、僕の新作絵本『ガラスの中のマリー』のマリーは、物語冒頭で、いきなり「ガラスの中のセピア色の町」にはいってしまい、ずっと、その中をさまよいながら、とうとう、そこから戻ってくることはありません。
安房さんであれば、「夢の果て」がそうであったように、そんな主人公には、破滅という結末を用意するのでしょうが、僕の『ガラスの中のマリー』のマリーには、そもそも、結末と呼べるようなものは、なにも与えられていません。ラストのページは、一枚の風景写真をおくだけにしました。
これは、いわば、きつねの窓の中にはいりこんで、その中をさまよい続ける選択をした主人公の幻想世界ということになるかもしれません。もう30年近く前に安房さんの「夏の夢」(講談社文庫版『だれにも見えないベランダ』所収)に感銘を受けて童話を書き始めたひとりの書き手の現在、と言ってもよいかもしれません。
その『ガラスの中のマリー』について、大阪の芦田書店という本屋さんのブログの
http://asida-books.blogspot.com/2008/08/blog-post_19.html
の記事の中に、「ふわふわと… 漂うような本」というコメントがありますが、"現実"に帰ることもなく幻想世界をさまよい続ける姿を表現したものなら、おもしろい表現かもしれません。「ふわふわ本」という記事のタイトルだけ見ると、明るい感じの本を連想される方も多いかもしれませんが、実際には、僕自身は、本の中に、さびしさを込めたつもりです。もちろん、読者の方には、ご自由に、ご自身のイメージを重ねていただければさいわいです。

〔Amazonのサイト内の情報ページ〕
「風と木の歌」(安房直子著、偕成社文庫)
http://www.amazon.co.jp/dp/4036526200/

「南の島の魔法の話」(安房直子著、講談社文庫)
http://www.amazon.co.jp/dp/4061381105/

「夢の果て」(安房直子著、瑞雲舎)
http://www.amazon.co.jp/dp/4916016580/

「だれにも見えないベランダ」(安房直子著、講談社文庫)
http://www.amazon.co.jp/dp/4061381288/

「ガラスの中のマリー」(北村正裕著、三一書房)
http://www.amazon.co.jp/dp/4380082091


〔HP内の関連ページ〕
安房直子童話作品集と収録作品
http://homepage3.nifty.com/masahirokitamura/awa.htm

絵本『ガラスの中のマリー』出版情報
http://homepage3.nifty.com/masahirokitamura/marie-e.htm

絵本ナビで安房直子作品のリストを見ると

安房直子さんの童話作品は、最近も、「うさぎ座の夜」が味戸ケイコさんの絵で絵本化されるなど、これまでに色々な作品が絵本化されているようですが、「絵本ナビ」というサイトにある作品リスト
http://www.ehonnavi.net/author.asp?n=1288
を見ると、「きつねの窓」などを除けば、ほんとうに安房さんらしい名作だと思われるものは、絵本化されていないように感じます。作品の好みは、ひとそれぞれでしょうけど、僕の場合、一番好きな「夏の夢」を収録した作品集(講談社文庫版「だれにも見えないベランダ」など)が、現在、一般書店で入手不可能になっていることを考えると、この作品など、絵本化する価値が一番高いように思うのですが……。絵本作家の酒井駒子さんなどが絵を描いたらおもしろいものができるんじゃないでしょうか?それから、名作「ほたる」は、前にもこのブログで紹介したように、瑞雲社版『夢の果て』に味戸ケイコさんの絵とともに収録され、これは、上記「絵本ナビ」のリストにも「絵本」と認められて載ってはいるものの、サイト参加者の評価ランク順のリストでは、現在、20作品中20位。この本は、絵が少ないので、そもそも、絵本といえるかどうか微妙ですので、絵本ナビの参加者には関心が持たれないのかもしれませんが、なんか寂しいですね。では、もっと、ずっと絵本らしい本で、安房直子さんと味戸ケイコさんのコンビによるオリジナル絵本で味戸さんの幻想的な絵がたっぷり味わえる「白樺のテーブル」はどうだろう?と、捜してみると、なんと、これは、リストに掲載されてさえいない!つまり、対象外。もしかすると、「絵本ナビ」は、読み聞かせ用の絵本を親が捜すためのサイトという色合いが強く、したがって、それなりの本ばかりが優先されてしまうのかもしれません。ある程度の読解力を持って、じっくりと味わうとおもしろい、というような本は、「大人の絵本」とか「大人の童話」などという特別なレッテルを貼られて、メジャーな絵本情報からはじかれてしまうのかもしれません。というわけで、絵本ファンの間では、まだまだ、安房さんの作品のほんとうの魅力は充分に評価されていないんじゃないかな、と思いました。

ところで、HPの「安房直子童話作品集と収録作品」のページ
http://homepage3.nifty.com/masahirokitamura/awa.htm
を更新し、現在比較的入手しやすい作品集と収録作品を記しました。

安房直子さんの本については、ここのブログでも
http://masahirokitamura.blog.drecom.jp/archive/43
http://masahirokitamura.blog.drecom.jp/archive/18
に関連記事を書いていますが、ここで、他のブログの中から、2004年の偕成社版「安房直子コレクション」刊行後の記事で、安房さんの作品へのコメントがある記事を、いくつか紹介しておきます。

死者の世界への想いが強く描かれる童話集「白いおうむの森」についてのコメントがある記事としては、
「Silent Box」というブログの
http://gooddays365.blog63.fc2.com/blog-entry-11.html

滅びへの憧れに満ちた童話集「銀のくじゃく」についてのコメントがある記事としては、
「古びた森小屋」というブログの
http://moony.at.webry.info/200608/article_18.html

「安房直子コレクション」についてのコメントがある記事としては、
「HELLO日記」というブログの
http://blogs.yahoo.co.jp/night_fishing1027/2670751.html

また、現在、一般書店での入手が困難な講談社文庫版「だれにも見えないベランダ」についてのコメントがある記事としては、
「Ciel Blue」というブログの
http://cafebleu.vis.ne.jp/ciel/archives/2007/07/16_1700.phpがあります。

「鳥」「きつねの窓」など教科書に載った安房直子作品

安房直子さんの童話作品のうち、「きつねの窓」と「鳥」は、それぞれ、かつて、小学校と中学校の教科書に掲載されていた(いずれも教育出版)時期があることもあって、特に人気が高いようで、これまでに、色々な短編集に収録され、ネット上でも話題になることが多い作品です。このうち、絵本化された「きつねの窓」はともかく、「鳥」のほうは、一時期、収録本がことごとく長期品切れとなっていたようなのですが、最近、「きつねの窓」「鳥」両作品を含む作品集が、続々と復活してきており、喜ばしいことだと思います。それらの作品集の中でも、入手しやすいいくつかの文庫版をあげておきますと、
まず、ポプラ社ポケット文庫の「きつねの窓」(2005年)。これは、1980年にポプラ社から発行されたものの新装版です。
次に、偕成社文庫の「風と木の歌」(2006年)。これは、1972年に初版が実業之日本社から出た同名の作品集(安房さんの最初の短編集)の収録作品を文庫版で復活させたものです。
そして、もうひとつ、長い間、品切れが続いていた講談社文庫の「南の島の魔法の話」(1980年)も、復活しているようです。この本では、「鳥」が冒頭におかれており、挿絵とカバーの絵は、安房さんと絶妙のコンビだった味戸ケイコさんです。

ところで、教科書に掲載された安房さんの作品は、「きつねの窓」と「鳥」だけではなく、かなり多数にのぼるようです。
偕成社版「安房直子コレクション7・めぐる季節の話」(04年)の巻末に掲載されている「著作目録」のp.30に教科書掲載作品の一覧があります。
「青い花」「秋の風鈴」「きつねの窓」「木の葉の魚」「すずめのおくりもの」「たぬきのでんわは森の一ばん」「つきよに」「鳥」「ねずみの作った朝ごはん」「はるかぜのたいこ」「ひぐれのお客」「やさしいたんぽぽ」
がリストアップされていますが、何年にどの教科書に掲載されたかも載っています。

余談になりますが、かつて、渋谷にあった童話屋という本屋さんで開かれたお話し会に、安房直子さんが、詩人の工藤直子さんとの対談という形で、珍しくファンの前に姿を現したことがあります。このときの質疑応答の時間に、聴衆のひとりで小学校の先生らしい方が、安房さんに、「作品から子どもに何を学ばせたいですか?」というような趣旨の質問が出て、安房さんが、「何を感じてもらってもよいです」というような趣旨の答えをされていたのを記憶しています。教育の現場で、特定の解釈を押しつけるようなことはしてほしくないですね。教科書に載ったことで、多くの人が安房さんの作品に出会えたということは素晴らしいことですが、それを、あまり「教材」という目では見ないで欲しいものだと、僕も思います。

〔関連のブログ記事〕
「Rongo-Rongo」というブログの06年4月25日の記事
http://blog.so-net.ne.jp/rongo-rongo/2006-04-25

〔HPのプロムナードコーナー内の「安房直子童話集について」のページ〕
http://homepage3.nifty.com/masahirokitamura/awa.htm

安房直子/作、味戸ケイコ/絵『夢の果て』(瑞雲舎刊)について

かつて、雑誌「詩とメルヘン」に味戸ケイコさんの絵とともに掲載された安房直子さんの創作メルヘン17編が、『夢の果て』というタイトルで、瑞雲舎から刊行されました(2005年12月発行)。以前、HPのプロムナードコーナーにも書きましたが、ぼくが、童話を書くきかっけになったのは、安房さんの「夏の夢」という作品との出会いであり、それを収録した本『だれにも見えないベランダ』(講談社文庫)を見つけたのは、たしか、1982年の秋ごろだったと思います。この本には、「ほたる」という作品もはいっていて、それも、とても魅力的な作品だと思っていましたが、今回、この「ほたる」が、久々に、単行本に収録されました。
雑誌「詩とメルヘン」で、現在、僕の手元に残っているのは4冊だけでしたが、そのうちの2冊に安房さんの作品が掲載されています。ひとつは、「ふしぎな文房具屋」が掲載された1982年12月号、もうひとつは、「月の光」が掲載された1984年7月号です。どちらも、僕が、安房さんの作品をむさぼるように読んでいたころに発行されたもので、この2作は、どちらも、現世的価値だけに執着していたら見られないような世界、生と死の世界のつながりを見せてくれるような、非常に魅力的な作品です。「月の光」は、しばらく、読んでいなかったようで、こんな魅力的な作品の存在を、不覚にも忘れていました。しかし、思いがけず、自分が、安房さんのファンであることの証を発見したような気分にもなりました。というのは、僕が、1988年に執筆し、1990年に私家版童話集『オデット姫とジークフリート王子のほんとうの物語』に収録した短編「思い出の街」が、明らかに、安房さんの「月の光」の影響を受けた作品だと思えたからです。安房さんの作品では、死を前にした病気の少女が病室から出るのは、ほとんどラストシーンであるのに対して、僕の作品では、病室を出るところから物語りが始まる、といった違いはありますが、「月の光」という作品名などは忘れてしまっていても、心の底に、この作品の印象が残っていたのは間違いないと思います。現在HPに掲載している僕の作品などは、少なくとも、表面上は、安房さんの作品とは、全く、似ていないと思いますが、この「思い出の街」だけは、僕が安房さんのファンである証になるように思いました。
なお、今回「月の光」につけられた絵は、「詩とメルヘン」掲載時とは全く別の絵で、味戸さんが新たに描かれたもののようです。「ふしぎな文房具屋」のほうは、今回の4つの絵のうち、後半2つは「詩とメルヘン」の絵と同じで、前半2つの絵は新作のようです。
収録作品は、ほたる/夢の果て/声の森/秋の風鈴/カーネーションの声/ひぐれのひまわり/青い貝/天窓のある家/奥様の耳飾り/誰にも見えないベランダ/木の葉の魚/花の家/ある雪の夜のはなし/小鳥とばら/ふしぎな文房具屋/月の光/星のおはじき、以上、17編です。
「詩のメルヘン」という雑誌は、少なくとも、これらの作品を世に送り出したということだけでも、大変価値のある雑誌だったのだと思いました。

〔HPのプロムナードコーナー内の「安房直子童話集について」のページ〕
http://homepage3.nifty.com/masahirokitamura/awa.htm
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