13日に日テレで放送された高畑勲監督によるアニメ映画「火垂るの墓」。以前、ビデオ見て以来、久しぶりに見ましたが、一度めには気づけなかった場面にも気づくことができて、とても感動してしまいました。
最初に見たときに印象的だったのはラストシーン。それが、あまりにも印象的だったので、今回の放送の数時間前のツイート
https://twitter.com/masahirokitamra/status/984732180814315520
でそのことを書いておきましたが、清太たちが丘の上から現代の日本の夜景を見ているようなラストシーンのインパクトは、今回も変わらず、あの赤茶色の服の、未来、あるいは別世界から来たような、そして、亡霊(幽霊)のようにも見える清太が、冒頭とラストシーンだけでなく、中盤にも一瞬登場していることに気付いて、その意味について、考えさせられました。
中盤というのは、節子たちの亡くなった母親の着物がおばさんによって処分されるときに節子が大泣きするシーンの直後のシーンです。節子の泣き声を部屋の外で聴いて、大きく目を見開いて呆然とする清太。
このシーンは、何を意味しているのでしょうか?
この物語の中盤では、おばさんのひとつの台詞が隠されていることを考えると、ここでの清太の驚きが何を意味しているのか、手がかりがつかめるような気がします。
物語の終盤で、節子が、おばさんから母親の死を聞いてしまっていたことがわかりますが、節子への思いやりからそれを隠していた清太の気持ちをくみ取った節子は、おばさんから聞いてしまったことを、長い間、清太に言わないでいたことが判明します。では、おばさんが節子に母親の死を告げたのはどのタイミングだったのか?それが、問題の中盤のシーンだったのではないでしょうか?未来から来て、この物語の回想の主である亡霊のような清太がショックを受けたのは、おばさんが節子に母の死を告げてしまったことを初めて知ったことだったのではないでしょうか?節子の泣き声は、着物のことではなく、母の死そのものに対するもので、続いた音声のようにも聞こえる節子の泣き声は、実は、二つの場面の亡き声をつなげたものだったのではないでしょうか?
ここで、映画から隠されているおばさんの声を聴いてしまった清太は、未来から来た清太なので、物語の中の清太は、このことを知らず、だから、終盤で、節子に打ち明けられたときに涙が止まらなかったのでしょう。
では、何故、中盤のこの場面に、あえて、未来から来た清太の驚くシーンが挿入されているのでしょうか?
僕は、これは、清太と節子が、おばさんの家では生きていけないのだということを、作者が視聴者に示すために挿入したシーンだったのではないかと思うようになってきました。「生きる」というのは、単に、生物学的な意味での生命を維持するということではありません。
おばさんの家を出るときの節子の喜びに満ちた姿は忘れることができません。そして、その後も、節子は、それを後悔するようなことは、一切、ありませんでした。そして、節子の食べ物を手に入れるために畑の作物を盗もうとして殴られた末に警察に連れていかれた清太をひそかに追いかけ、釈放された清太を出迎えたときにも、「どこにも行かないで」とだけ訴え、自らの命の限界を悟った節子の最期の言葉は、「兄ちゃん、おおきに」でした。清太にとって、「生きる」ということは、そんな節子の思いにこたえることであり、節子にとっても、「生きる」ということは、清太とふたりでの生活を守ることだったのではないでしょうか?
空襲のどさくさの中で食べ物を盗み食いしたり、畑の作物を盗んで節子に食べさせようとするほどのたくましさを持っていた清太も、節子の死後、もう、「生きる」意味をなくしてしまうと、まもなく、冒頭に示されているように、駅の構内で死んでしまいます。
二人は、戦争の犠牲になった。しかし、それでも、兄妹の愛を貫いた。そして、そのことが、私たちを感動させるのではないかと思えるのです。
22日に朝日新聞の文化・文芸面に掲載された記事で紹介されているところによると、ネット上には、兄妹の死の責任が清太にあるというような意見も見られたとのことですが、彼らは、最後まで懸命に「生きた」のだと、僕は思います。そして、それを強調するために作者が挿入したのが、上記の中盤のシーンなのではないかと思うようになりました。
朝日新聞の記事には、「ネット上の応酬」というのが、ネット上のどのサイトのものなのか書かれていませんが、映画公開当時の「アニメージュ」誌に掲載された高畑監督のインタビューが注目されたという記述を手掛かりに探してみたところ、これについては、匿名掲示板「5ちゃんねる」の中の
「高畑勲「火垂るの墓を観た若者が西宮のおばさんを擁護する意見が大勢を占める時代がもし来たら恐ろしい」」というスレッド
https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/news/1523726291/
が該当ページのひとつである可能性があるように思います。

4月22日付け朝日新聞記事の一部
ツイッターを見る限りは、今のところは、「西宮のおばさんを擁護する意見が大勢を占める」という状況ではないと思います。
〔北村正裕ツイッター〕
https://twitter.com/masahirokitamra
〔北村正裕ホームページ〕
http://masahirokitamura.my.coocan.jp/
【2025. 8. 3追記】
昨日(25年8月2日)、NHK-Eテレで放送された、ETV特集「火垂るの墓と高畑勲と7冊のノート」の中で、映画『火垂るの墓』の中の、ちょうど、母の着物が処分されることになって節子が大泣きし、赤い清太の幽霊が呆然と見守るシーンが出てきましたが、今回、それを見て、18年4月28日のブログ記事を書いたときの見方とは違う見方をしました。もしかすると、節子は、おばさんから直接教えられる前にすでに母の死を悟ってしまっているのかもしれないとも思えました。しかし、それを秘密にしている清太の心を考え、知ってしまったことを清太に隠しているのかもしれません。そして、もしかすると、そのために、節子は、悲しい思いを清太に打ち明けることもできなくなっていたのかもしれません。だから、清太が母の死を節子に隠していたことで、かえって、節子の悲しみを深くしてしまったのではないか……、赤い幽霊の清太が呆然としていたのは、もしかすると、その可能性に気づいたからなのかもしれない、と、今回は、そんな想像をしました。
なお、7月12日に、映画『火垂るの墓』に関する新しい記事
https://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/52546414.html
を掲載しています。
(2025. 8. 3追記)
最初に見たときに印象的だったのはラストシーン。それが、あまりにも印象的だったので、今回の放送の数時間前のツイート
https://twitter.com/masahirokitamra/status/984732180814315520
でそのことを書いておきましたが、清太たちが丘の上から現代の日本の夜景を見ているようなラストシーンのインパクトは、今回も変わらず、あの赤茶色の服の、未来、あるいは別世界から来たような、そして、亡霊(幽霊)のようにも見える清太が、冒頭とラストシーンだけでなく、中盤にも一瞬登場していることに気付いて、その意味について、考えさせられました。
中盤というのは、節子たちの亡くなった母親の着物がおばさんによって処分されるときに節子が大泣きするシーンの直後のシーンです。節子の泣き声を部屋の外で聴いて、大きく目を見開いて呆然とする清太。
このシーンは、何を意味しているのでしょうか?
この物語の中盤では、おばさんのひとつの台詞が隠されていることを考えると、ここでの清太の驚きが何を意味しているのか、手がかりがつかめるような気がします。
物語の終盤で、節子が、おばさんから母親の死を聞いてしまっていたことがわかりますが、節子への思いやりからそれを隠していた清太の気持ちをくみ取った節子は、おばさんから聞いてしまったことを、長い間、清太に言わないでいたことが判明します。では、おばさんが節子に母親の死を告げたのはどのタイミングだったのか?それが、問題の中盤のシーンだったのではないでしょうか?未来から来て、この物語の回想の主である亡霊のような清太がショックを受けたのは、おばさんが節子に母の死を告げてしまったことを初めて知ったことだったのではないでしょうか?節子の泣き声は、着物のことではなく、母の死そのものに対するもので、続いた音声のようにも聞こえる節子の泣き声は、実は、二つの場面の亡き声をつなげたものだったのではないでしょうか?
ここで、映画から隠されているおばさんの声を聴いてしまった清太は、未来から来た清太なので、物語の中の清太は、このことを知らず、だから、終盤で、節子に打ち明けられたときに涙が止まらなかったのでしょう。
では、何故、中盤のこの場面に、あえて、未来から来た清太の驚くシーンが挿入されているのでしょうか?
僕は、これは、清太と節子が、おばさんの家では生きていけないのだということを、作者が視聴者に示すために挿入したシーンだったのではないかと思うようになってきました。「生きる」というのは、単に、生物学的な意味での生命を維持するということではありません。
おばさんの家を出るときの節子の喜びに満ちた姿は忘れることができません。そして、その後も、節子は、それを後悔するようなことは、一切、ありませんでした。そして、節子の食べ物を手に入れるために畑の作物を盗もうとして殴られた末に警察に連れていかれた清太をひそかに追いかけ、釈放された清太を出迎えたときにも、「どこにも行かないで」とだけ訴え、自らの命の限界を悟った節子の最期の言葉は、「兄ちゃん、おおきに」でした。清太にとって、「生きる」ということは、そんな節子の思いにこたえることであり、節子にとっても、「生きる」ということは、清太とふたりでの生活を守ることだったのではないでしょうか?
空襲のどさくさの中で食べ物を盗み食いしたり、畑の作物を盗んで節子に食べさせようとするほどのたくましさを持っていた清太も、節子の死後、もう、「生きる」意味をなくしてしまうと、まもなく、冒頭に示されているように、駅の構内で死んでしまいます。
二人は、戦争の犠牲になった。しかし、それでも、兄妹の愛を貫いた。そして、そのことが、私たちを感動させるのではないかと思えるのです。
22日に朝日新聞の文化・文芸面に掲載された記事で紹介されているところによると、ネット上には、兄妹の死の責任が清太にあるというような意見も見られたとのことですが、彼らは、最後まで懸命に「生きた」のだと、僕は思います。そして、それを強調するために作者が挿入したのが、上記の中盤のシーンなのではないかと思うようになりました。
朝日新聞の記事には、「ネット上の応酬」というのが、ネット上のどのサイトのものなのか書かれていませんが、映画公開当時の「アニメージュ」誌に掲載された高畑監督のインタビューが注目されたという記述を手掛かりに探してみたところ、これについては、匿名掲示板「5ちゃんねる」の中の
「高畑勲「火垂るの墓を観た若者が西宮のおばさんを擁護する意見が大勢を占める時代がもし来たら恐ろしい」」というスレッド
https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/news/1523726291/
が該当ページのひとつである可能性があるように思います。

4月22日付け朝日新聞記事の一部
ツイッターを見る限りは、今のところは、「西宮のおばさんを擁護する意見が大勢を占める」という状況ではないと思います。
〔北村正裕ツイッター〕
https://twitter.com/masahirokitamra
〔北村正裕ホームページ〕
http://masahirokitamura.my.coocan.jp/
【2025. 8. 3追記】
昨日(25年8月2日)、NHK-Eテレで放送された、ETV特集「火垂るの墓と高畑勲と7冊のノート」の中で、映画『火垂るの墓』の中の、ちょうど、母の着物が処分されることになって節子が大泣きし、赤い清太の幽霊が呆然と見守るシーンが出てきましたが、今回、それを見て、18年4月28日のブログ記事を書いたときの見方とは違う見方をしました。もしかすると、節子は、おばさんから直接教えられる前にすでに母の死を悟ってしまっているのかもしれないとも思えました。しかし、それを秘密にしている清太の心を考え、知ってしまったことを清太に隠しているのかもしれません。そして、もしかすると、そのために、節子は、悲しい思いを清太に打ち明けることもできなくなっていたのかもしれません。だから、清太が母の死を節子に隠していたことで、かえって、節子の悲しみを深くしてしまったのではないか……、赤い幽霊の清太が呆然としていたのは、もしかすると、その可能性に気づいたからなのかもしれない、と、今回は、そんな想像をしました。
なお、7月12日に、映画『火垂るの墓』に関する新しい記事
https://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/52546414.html
を掲載しています。
(2025. 8. 3追記)

