プッチーニの名作オペラ『ラ・ボエーム』(台本=ジャコーザ、イッリカ、初演=1896年)の原作小説『ボヘミアン生活の情景』(原題="Scenes de la Vie de Boheme"、1851年)の日本語初の全訳本が、オペラと同じタイトルで、先月(2019年12月)出版され(辻村永樹訳、光文社古典新訳文庫)、ようやく、その全体を読むことができるようになり、読んで気づいたことをまとめて、1月10日にホームページに掲載しましたが、その1月10日の記事
http://masahirokitamura.my.coocan.jp/boheme.htm
の一部を再構成して、要点を、こちら(このブログ)にも書いておきたいと思います。
オペラのミミ(ルチア)は原作のミミ(リュシル)+フランシーヌ
オペラの中のボエーム(放浪芸術家)4人組のひとりとしてのロドルフォの原型は原作のロドルフであり、ロドルフォの恋人としてのミミ(ルチア)の原型は原作のロドルフの恋人ミミ(リュシル)と言ってよいと思いますが、オペラの骨格をなすミミとロドルフォの出会いの物語の原型は、原作第十八話「フランシーヌのマフ」で語られるフランシーヌとジャックの物語です。つまり、オペラの中のミミ(ルチア)の原型は、原作のミミ(リュシル)とフランシーヌを合わせたキャラクターであり、同様の言い方をすれば、オペラのロドルフォの原型は、原作の中のロドルフとジャックを合わせたキャラクターであると言ってもよいと思います。特に、オペラの中での、ミミとロドルフォの出会いの場面は、原作の中でフランシーヌとジャックの出会いとして語られる物語そのものと言ってよいものです。また、オペラでは、ミミが、第1幕から咳をして、気分が悪くなるなど、ミミが結核にかかっていることが示唆されていますが、原作では、結核にかかっていると明示されているのはフランシーヌであり、原作の中のミミ(リュシル)のほうは、ポール子爵と別れてから急に体調を崩すことになっており、さらに、漂白剤を飲んでの自殺未遂で体調を悪化させて死にいたることになっていて、この点でも、オペラのミミは、原作のフランシーヌのほうに近いと言えると思います。さらに、原作の第二十二話の前半に、ミミを診察した医師とフランシーヌを看病した医師が同一人物であることが書かれていることを考えると、もともと、原作者が、ミミとフランシーヌを同じ人物と見ているようにも思えます。いわば、フランシーヌはミミ(リュシル)の分身ということなのではないでしょうか?
オペラの台本作者(ジャコーザとイッリカ)も、台本の序文で、「誰が、ミミとフランシーヌの横顔をただひとりの女性の繊細な横顔として重ね合わさずにいられようか?」(小瀬村幸子訳)と書いています。この台本序文は、小瀬村幸子訳による対訳台本(2006年、音楽之友社)に載っています。
辻村永樹訳による原作全訳本の「解説」によれば、作者のミュルジェール(1822~1861)には、リュシルという恋人がいたとのこと。1845年に友人たちとのピクニックで出会い、恋人になったものの、やがて、口論のすえに「自分と別れて別の男を探したらいいとリュシルに告げ、リュシルは去った」とのこと。さらに、「1847年の冬、リュシルはミュルジェールの許に戻ってきた。結核に侵されていた。貧しいミュルジェールは、日に日に弱っていくリュシルを見守ることしかできなかった」という。そして、1848年4月9日に病院で息をひきとったという。そういうことなら、小説の中のミミ(リュシル)とフランシーヌは、実在のリュシルの分身であり、小説のロドルフとジャックは、ミュルジェール自身の分身なのではないでしょうか?
ミュルジェールとリュシルが口論のすえに別れたことや、リュシルがミュルジェールの許に戻ってきたことは、小説のロドルフとミミに反映され、結核に倒れたリュシルは、小説のフランシーヌに反映されているのだと思います。
オペラでは、第3幕でのミミとロドルフォの別れの理由については、ロドルフォが病気のミミを自分では救えないという悩みをマルチェルロに打ち明けるところを聴いてしまったミミが別れを決断するということになっていて、これは、口論の末に別れるという原作のミミとロドルフの第十四話での別れ(そして、実在のリュシルとミュルジェールとの別れ)とは違っており、フランシーヌとジャックは、フランシーヌの死まで一緒に暮らしたことになっているので、こちらとも違います。しかし、プッチーニのセンチメンタルで美しい音楽の特徴を生かすためには、口論の末の別れとは違った別れの場面がどうしても必要だったのではないでしょうか?
プッチーニの音楽の魅力はミュルジェールの喜劇そのものとは違った特徴を持っているので、物語の「改変」は、ある程度はやむを得ないと思います。結果的に、プッチーニのオペラのおかげで、ミュルジェールの小説も、さらに読まれるようになったということは間違いないでしょう。
*GQJAPANの1月6日の記事
https://www.gqjapan.jp/culture/article/20200106-bohem
の中に、『ラ・ボエーム』の原作について、「オペラのようにドラマティックに出会ったのではない」とか「涙を誘う別れの場面もない」と書かれていますが、それは、あくまでも、原作の中の「ミミ」と「ロドルフ」の物語として書かれている部分に関することであって、原作第十九話「フランシーヌのマフ」には、フランシーヌとジャックの物語として、オペラの出会いと死別の場面の原型があります。
ショナール「オウム死ぬまで弾く」仕事の正体
オペラの第1幕では、音楽家ショナールが臨時収入を得て、それが、ボエームたちの貴重な飲食費になるわけですが、そのショナールが、臨時収入を得て、ボエームたちの部屋に戻ってきたとき、ショナールは、「レッスン」とか「オウム」とか、「死ぬまで弾く」と言った言葉で仕事を少しだけ仕事を説明しようとしましたが、ロドルフォたちは、ショナールが持ってきた食糧を食べ始めてしまって、ショナールの説明をきちんと聞こうとせず、結局、ショナールがやってきた仕事の内容は謎のままです。ところが、原作第十七話には、ショナールが引き受けた仕事の内容が詳しくかかれています。ひとりの英国人が、階下の住人のオウムがうるさいので殺してしまおうと考え、ショナールはパセリを食べさせる方法を提案したものの、英国人は、ショナールのピアノを聴かせ続ければストレスで死ぬと考え、ショナールにピアノを弾き続けるように頼み、成功したという話です。オペラでは、ショナールが、オウムにパセリを食べさせたという話をしおていますが、原作では、パセリを食べさせる提案は却下されていて、オウムは、ショナールのピアノの音のために死んだようです。これだけでも、充分、コメディのネタになりそうですが、ミュルジェールの喜劇と違って、感傷的で美しい音楽を生かすように作られたプッチーニのオペラでは、原作のコメディの要素は(あれでも)かなり削られているということがわかります。
転居を繰り返すロドルフ
プッチーニのオペラでは、4人のボエームは、最初から最後まで、同じ屋根裏部屋で共同生活をしていますが、原作では、そうではなく、例えば、ロドルフは、引っ越しを繰り返しています。ですから、彼らの大家も、原作では、複数登場しています。
原作第十九話では、マルセルの絵が売れたときの金でボエーム4人組がマルセルの部屋で盛大に飲食をする場面があり、大家がやってきてマルセルに家賃の支払いを求めるものの、ボエームたちは、大家に酒を飲ませて酔わせ、やがて、大家の浮気を聞きだし、「かような恥ずべき行いに加担することはできかねますな」と、大家を追い出してしまいます。これが、オペラ第1幕でのボエームたちと、大家ブノワとのやりとりの原型であることは明らかですが、原作では、ブノワという名前は、この場面でのマルセルの大家の名前ではなく、第十話で、ロドルフが家賃を滞納して追い出された屋根裏部屋の大家の名前がブノワです。このロドルフの住居は、第九話で、カルチェラタンのコントレスカルプ=サン=マルセル通りにあると書かれており、ロドルフが追い出された後、次に入居したのがミミということなっています。
なお、原作では、カフェ「モミュス」は、カルチェラタンではなく、サン=ジェルマン=ロクセロワ通りにあることになっていて、地図を見ると、現在、ルーブル美術館のすぐ東側にサン=ジェルマン=ロクセロワ教会があります。
*2006年に音楽之友社から出版されたオペラ『ラ・ボエーム』の対訳台本のP.35には、家主ベノワに関する註として、「原作にベノワにそのままあたる名はない」と書かれていますが、原作の全訳を読んでみると、上記の通り、第十話で、ロドルフが家賃滞納で追い出された住居の家主の名がブノワとなっています。
〔当ブログの中の関連記事等〕
プッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』のCDの中でも特に気に入っているレヴァイン指揮、ナショナル・フィルによる1980年録音の音源のCDについて、2008年1月1日の記事
http://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/51606159.html
に書いてあります。
このオペラは、日本でも上演機会が多く、これまでにも、いくつもの舞台を見てきましたが、中でも、特に印象的だった舞台の一つ、2011年6月に、NHKホールで行われた、ファビオ・ルイージ指揮にメトロポリタン歌劇場日本公演について、2011年6月26日の記事
http://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/52102430.html
に書いてあります。
そのメトロポリタン・オペラの日本公演でミミを歌ったバルバラ・フリットリがミミを歌っている1999年録音のズービン・メータ指揮、イスラエル・フィルによるCDも、とてもよいCDで、上記のレヴァイン盤同様に気に入っているCDです。このメータ盤のCDでは、ムゼッタをエヴァ・メイが歌っていて、第2幕の「ムゼッタのワルツ」とも呼ばれるアリア「私が街を歩けば」で、すばらしい歌唱を聴くことができます。このアリアは、一流歌手でも、高音部が叫び声になってしまいがちな難しいアリアですが、このCDで聴くことができる、エヴァ・メイの歌唱では、高音部でも美しさが保たれていて、このアリアの歌唱としても最高傑作歌唱の一つではないかと思います。
今回の記事の中で、第十話でロドルフが家賃滞納で家主のブノワにカルチェラタンのコントレスカルプ=サン=マルセル通りにあった住居から追い出され、その後に入居したのがミミであったということになっていることも紹介しましたが、2015年3月に、パリ・オペラ座(バスティーユ)で上演されたミシェル・プラッソン指揮によるオペラ『ファウスト』(グノー作曲)を見にいったときに、公演の前日に、『ラ・ボエーム』の重要な舞台のひとつになっているカルチェラタンを散策し、コントレスカルプ広場で撮った写真などを、2015年3月11日の記事
http://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/52360053.html
の中に載せています。

パリ・カルチェラタン・コントレスカルプ広場、2015年3月8日撮影。
(『ラ・ボエーム』原作では、ロドルフが、家賃滞納のため、、コントレスカルプ=サン=マルセル通りにあった住居から、家主ブノワに追い出され、その次の入居人がミミということになっている)

パリ・カルチェラタン・ムスタール通り、2015年3月8日撮影。
*2020年1月下旬に、新国立劇場で、『ラ・ボエーム』が上演されることになっており、これも楽しみです。新国立劇場のページ
https://www.nntt.jac.go.jp/opera/laboheme/
に情報が載っています。
【2020. 1.12追記】
2019年12月発行の『ラ・ボエーム』(ミュルジェール作、辻村永樹訳、光文社古典新訳文庫)は、本体価格\1,600です。
Amazonのページ
https://www.amazon.co.jp/dp/4334754163/
などをご参照ください。
【2020. 1.25追記】
光文社古典新訳文庫さんの1月24日のツイート
https://twitter.com/kotensinyaku/status/1220542493764333569
に、関連情報があります。
【2020. 1.28追記】
1月26日のツイート
https://twitter.com/masahirokitamra/status/1221412596684918784
に、26日の新国立劇場での公演の感想を簡単に書いておきました。ゆったりとしたテンポでじっくり聴かせるカリニャーニの指揮、高音部まで綺麗に歌える辻井亜季穂のムゼッタが見事でした。管弦楽は東京交響楽団。他に、ニーノ・マチャイゼ(ミミ)、マッテオ・リッピ(ロドルフォ)等が出演しています。
【2025年8月21日追記】
北村正裕ホームページ(音楽情報用と執筆情報用)の統合にともない、「オペラ「ラ・ボエーム」原作小説の中のミミとフランシーヌ」のページのURLが変更になりました。
新しいURLは
http://masahirokitamura.art.coocan.jp/boheme.htm
です。
(25. 8.21追記)
http://masahirokitamura.my.coocan.jp/boheme.htm
の一部を再構成して、要点を、こちら(このブログ)にも書いておきたいと思います。
オペラのミミ(ルチア)は原作のミミ(リュシル)+フランシーヌ
オペラの中のボエーム(放浪芸術家)4人組のひとりとしてのロドルフォの原型は原作のロドルフであり、ロドルフォの恋人としてのミミ(ルチア)の原型は原作のロドルフの恋人ミミ(リュシル)と言ってよいと思いますが、オペラの骨格をなすミミとロドルフォの出会いの物語の原型は、原作第十八話「フランシーヌのマフ」で語られるフランシーヌとジャックの物語です。つまり、オペラの中のミミ(ルチア)の原型は、原作のミミ(リュシル)とフランシーヌを合わせたキャラクターであり、同様の言い方をすれば、オペラのロドルフォの原型は、原作の中のロドルフとジャックを合わせたキャラクターであると言ってもよいと思います。特に、オペラの中での、ミミとロドルフォの出会いの場面は、原作の中でフランシーヌとジャックの出会いとして語られる物語そのものと言ってよいものです。また、オペラでは、ミミが、第1幕から咳をして、気分が悪くなるなど、ミミが結核にかかっていることが示唆されていますが、原作では、結核にかかっていると明示されているのはフランシーヌであり、原作の中のミミ(リュシル)のほうは、ポール子爵と別れてから急に体調を崩すことになっており、さらに、漂白剤を飲んでの自殺未遂で体調を悪化させて死にいたることになっていて、この点でも、オペラのミミは、原作のフランシーヌのほうに近いと言えると思います。さらに、原作の第二十二話の前半に、ミミを診察した医師とフランシーヌを看病した医師が同一人物であることが書かれていることを考えると、もともと、原作者が、ミミとフランシーヌを同じ人物と見ているようにも思えます。いわば、フランシーヌはミミ(リュシル)の分身ということなのではないでしょうか?
オペラの台本作者(ジャコーザとイッリカ)も、台本の序文で、「誰が、ミミとフランシーヌの横顔をただひとりの女性の繊細な横顔として重ね合わさずにいられようか?」(小瀬村幸子訳)と書いています。この台本序文は、小瀬村幸子訳による対訳台本(2006年、音楽之友社)に載っています。
辻村永樹訳による原作全訳本の「解説」によれば、作者のミュルジェール(1822~1861)には、リュシルという恋人がいたとのこと。1845年に友人たちとのピクニックで出会い、恋人になったものの、やがて、口論のすえに「自分と別れて別の男を探したらいいとリュシルに告げ、リュシルは去った」とのこと。さらに、「1847年の冬、リュシルはミュルジェールの許に戻ってきた。結核に侵されていた。貧しいミュルジェールは、日に日に弱っていくリュシルを見守ることしかできなかった」という。そして、1848年4月9日に病院で息をひきとったという。そういうことなら、小説の中のミミ(リュシル)とフランシーヌは、実在のリュシルの分身であり、小説のロドルフとジャックは、ミュルジェール自身の分身なのではないでしょうか?
ミュルジェールとリュシルが口論のすえに別れたことや、リュシルがミュルジェールの許に戻ってきたことは、小説のロドルフとミミに反映され、結核に倒れたリュシルは、小説のフランシーヌに反映されているのだと思います。
オペラでは、第3幕でのミミとロドルフォの別れの理由については、ロドルフォが病気のミミを自分では救えないという悩みをマルチェルロに打ち明けるところを聴いてしまったミミが別れを決断するということになっていて、これは、口論の末に別れるという原作のミミとロドルフの第十四話での別れ(そして、実在のリュシルとミュルジェールとの別れ)とは違っており、フランシーヌとジャックは、フランシーヌの死まで一緒に暮らしたことになっているので、こちらとも違います。しかし、プッチーニのセンチメンタルで美しい音楽の特徴を生かすためには、口論の末の別れとは違った別れの場面がどうしても必要だったのではないでしょうか?
プッチーニの音楽の魅力はミュルジェールの喜劇そのものとは違った特徴を持っているので、物語の「改変」は、ある程度はやむを得ないと思います。結果的に、プッチーニのオペラのおかげで、ミュルジェールの小説も、さらに読まれるようになったということは間違いないでしょう。
*GQJAPANの1月6日の記事
https://www.gqjapan.jp/culture/article/20200106-bohem
の中に、『ラ・ボエーム』の原作について、「オペラのようにドラマティックに出会ったのではない」とか「涙を誘う別れの場面もない」と書かれていますが、それは、あくまでも、原作の中の「ミミ」と「ロドルフ」の物語として書かれている部分に関することであって、原作第十九話「フランシーヌのマフ」には、フランシーヌとジャックの物語として、オペラの出会いと死別の場面の原型があります。
ショナール「オウム死ぬまで弾く」仕事の正体
オペラの第1幕では、音楽家ショナールが臨時収入を得て、それが、ボエームたちの貴重な飲食費になるわけですが、そのショナールが、臨時収入を得て、ボエームたちの部屋に戻ってきたとき、ショナールは、「レッスン」とか「オウム」とか、「死ぬまで弾く」と言った言葉で仕事を少しだけ仕事を説明しようとしましたが、ロドルフォたちは、ショナールが持ってきた食糧を食べ始めてしまって、ショナールの説明をきちんと聞こうとせず、結局、ショナールがやってきた仕事の内容は謎のままです。ところが、原作第十七話には、ショナールが引き受けた仕事の内容が詳しくかかれています。ひとりの英国人が、階下の住人のオウムがうるさいので殺してしまおうと考え、ショナールはパセリを食べさせる方法を提案したものの、英国人は、ショナールのピアノを聴かせ続ければストレスで死ぬと考え、ショナールにピアノを弾き続けるように頼み、成功したという話です。オペラでは、ショナールが、オウムにパセリを食べさせたという話をしおていますが、原作では、パセリを食べさせる提案は却下されていて、オウムは、ショナールのピアノの音のために死んだようです。これだけでも、充分、コメディのネタになりそうですが、ミュルジェールの喜劇と違って、感傷的で美しい音楽を生かすように作られたプッチーニのオペラでは、原作のコメディの要素は(あれでも)かなり削られているということがわかります。
転居を繰り返すロドルフ
プッチーニのオペラでは、4人のボエームは、最初から最後まで、同じ屋根裏部屋で共同生活をしていますが、原作では、そうではなく、例えば、ロドルフは、引っ越しを繰り返しています。ですから、彼らの大家も、原作では、複数登場しています。
原作第十九話では、マルセルの絵が売れたときの金でボエーム4人組がマルセルの部屋で盛大に飲食をする場面があり、大家がやってきてマルセルに家賃の支払いを求めるものの、ボエームたちは、大家に酒を飲ませて酔わせ、やがて、大家の浮気を聞きだし、「かような恥ずべき行いに加担することはできかねますな」と、大家を追い出してしまいます。これが、オペラ第1幕でのボエームたちと、大家ブノワとのやりとりの原型であることは明らかですが、原作では、ブノワという名前は、この場面でのマルセルの大家の名前ではなく、第十話で、ロドルフが家賃を滞納して追い出された屋根裏部屋の大家の名前がブノワです。このロドルフの住居は、第九話で、カルチェラタンのコントレスカルプ=サン=マルセル通りにあると書かれており、ロドルフが追い出された後、次に入居したのがミミということなっています。
なお、原作では、カフェ「モミュス」は、カルチェラタンではなく、サン=ジェルマン=ロクセロワ通りにあることになっていて、地図を見ると、現在、ルーブル美術館のすぐ東側にサン=ジェルマン=ロクセロワ教会があります。
*2006年に音楽之友社から出版されたオペラ『ラ・ボエーム』の対訳台本のP.35には、家主ベノワに関する註として、「原作にベノワにそのままあたる名はない」と書かれていますが、原作の全訳を読んでみると、上記の通り、第十話で、ロドルフが家賃滞納で追い出された住居の家主の名がブノワとなっています。
〔当ブログの中の関連記事等〕
プッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』のCDの中でも特に気に入っているレヴァイン指揮、ナショナル・フィルによる1980年録音の音源のCDについて、2008年1月1日の記事
http://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/51606159.html
に書いてあります。
このオペラは、日本でも上演機会が多く、これまでにも、いくつもの舞台を見てきましたが、中でも、特に印象的だった舞台の一つ、2011年6月に、NHKホールで行われた、ファビオ・ルイージ指揮にメトロポリタン歌劇場日本公演について、2011年6月26日の記事
http://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/52102430.html
に書いてあります。
そのメトロポリタン・オペラの日本公演でミミを歌ったバルバラ・フリットリがミミを歌っている1999年録音のズービン・メータ指揮、イスラエル・フィルによるCDも、とてもよいCDで、上記のレヴァイン盤同様に気に入っているCDです。このメータ盤のCDでは、ムゼッタをエヴァ・メイが歌っていて、第2幕の「ムゼッタのワルツ」とも呼ばれるアリア「私が街を歩けば」で、すばらしい歌唱を聴くことができます。このアリアは、一流歌手でも、高音部が叫び声になってしまいがちな難しいアリアですが、このCDで聴くことができる、エヴァ・メイの歌唱では、高音部でも美しさが保たれていて、このアリアの歌唱としても最高傑作歌唱の一つではないかと思います。
今回の記事の中で、第十話でロドルフが家賃滞納で家主のブノワにカルチェラタンのコントレスカルプ=サン=マルセル通りにあった住居から追い出され、その後に入居したのがミミであったということになっていることも紹介しましたが、2015年3月に、パリ・オペラ座(バスティーユ)で上演されたミシェル・プラッソン指揮によるオペラ『ファウスト』(グノー作曲)を見にいったときに、公演の前日に、『ラ・ボエーム』の重要な舞台のひとつになっているカルチェラタンを散策し、コントレスカルプ広場で撮った写真などを、2015年3月11日の記事
http://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/52360053.html
の中に載せています。

パリ・カルチェラタン・コントレスカルプ広場、2015年3月8日撮影。
(『ラ・ボエーム』原作では、ロドルフが、家賃滞納のため、、コントレスカルプ=サン=マルセル通りにあった住居から、家主ブノワに追い出され、その次の入居人がミミということになっている)

パリ・カルチェラタン・ムスタール通り、2015年3月8日撮影。
*2020年1月下旬に、新国立劇場で、『ラ・ボエーム』が上演されることになっており、これも楽しみです。新国立劇場のページ
https://www.nntt.jac.go.jp/opera/laboheme/
に情報が載っています。
【2020. 1.12追記】
2019年12月発行の『ラ・ボエーム』(ミュルジェール作、辻村永樹訳、光文社古典新訳文庫)は、本体価格\1,600です。
Amazonのページ
https://www.amazon.co.jp/dp/4334754163/
などをご参照ください。
【2020. 1.25追記】
光文社古典新訳文庫さんの1月24日のツイート
https://twitter.com/kotensinyaku/status/1220542493764333569
に、関連情報があります。
【2020. 1.28追記】
1月26日のツイート
https://twitter.com/masahirokitamra/status/1221412596684918784
に、26日の新国立劇場での公演の感想を簡単に書いておきました。ゆったりとしたテンポでじっくり聴かせるカリニャーニの指揮、高音部まで綺麗に歌える辻井亜季穂のムゼッタが見事でした。管弦楽は東京交響楽団。他に、ニーノ・マチャイゼ(ミミ)、マッテオ・リッピ(ロドルフォ)等が出演しています。
【2025年8月21日追記】
北村正裕ホームページ(音楽情報用と執筆情報用)の統合にともない、「オペラ「ラ・ボエーム」原作小説の中のミミとフランシーヌ」のページのURLが変更になりました。
新しいURLは
http://masahirokitamura.art.coocan.jp/boheme.htm
です。
(25. 8.21追記)