映画「滑走路」(大庭功睦監督、桑村さや香脚本、萩原慎一郎原作)、テアトル新宿で、11月20日の公開初日に見てきました。
「萩原慎一郎原作」となっていますが、その萩原さんの著書「滑走路」(2017年、角川文化振興財団発行)は歌集であり、今回の映画は、その歌集をモチーフにしたオリジナルストーリーで、最後に、歌集のタイトルの元にもなった短歌のテロップが現れるほか、物語の途中では、中学時代の須羽隼介(すわしゅんすけ)への同級生の天野翠(みどり)の雨の日の台詞に、萩原さんの「空だって泣きたいときもあるだろう……」という短歌からとられたと思われる台詞がありました。
萩原さんは、僕の高校の後輩にあたる人で、今年9月発行の武蔵高校の同窓会会報に掲載された僕の文章(5月に執筆した原稿の一部が脱落して変な文章になってしまったのですが)の中に萩原さんの著書への言及があったこともあり、どのような映画化がされるのか気になっていて、公開初日に見てきました。萩原さんの母校は中高一貫校ですが、僕は、高校から編入学したので、中学は別です。
原作者のイメージが反映されていると思われる役が須羽隼介で、寄川歌太が演じています。
中学生の天野翠を演じる木下渓が、物語の中の唯一の過去の光のような輝き。切り絵作家となった大人の翠を演じる水川あさみが、キャストの筆頭に記されていますが、翠の場合、大人の翠よりも、中学時代の翠のほうが、映画の中での比重が高いように感じました。
萩原さんの出身中学は男子校なので、天野翠は、もちろん、全くの架空の人物です。他の登場人物についても、原作者のイメージが反映されていると思われる隼介を除けば、特定のモデルがいるというわけではないと思います。
隼介の幼馴染で隼介に助けられながら、隼介に対する「いじめ」の加害者になることを強要されてしまう鷹野裕翔(ゆうと)の中学時代を池田優斗、大人になった鷹野を浅香航大が演じていて、以上の5人がメインキャストということになると思います。
官僚となり、非正規労働者の自殺の実態を調査していた鷹野は、かつて、自分が心ならずも「いじめ」に加担してしまった相手の隼介が「いじめ」の後遺症から抜け出せずに自殺してしまったことを知り、苦悩します。
隼介、裕翔、翠の中学時代と、裕翔たちが大人になった時代とが並行して描かれ、時代が何度も切り替わります。
翠の作品として登場する絵画、影絵(それぞれ、すぎやまたくや、河野里美制作、両者のコラボ作品もあり)は見ごたえがあります。特に、隼介によって一度切り裂かれ、修復された絵は、作品の中で大きな位置を占めていると感じました。この絵の下のほうに描かれた後ろ姿の女性について、隼介が翠に「女の人が悲しんでいるように感じた」と語る場面は印象的で、この女性は、翠自身を表現しているのだろうと思います。隼介がこの翠の絵を切り裂くことを強要されたときににも、画面下の女性が描かれた部分だけは切らなかったのも印象的でした。
映画『滑走路』公式サイト (kassouro-movie.jp)
等で、キャッチコピーのように使われている「非正規」、「いじめ」という言葉のうち、「非正規」のほうは、原作短歌の中にも使われていますが、「いじめ」のほうは、原作短歌の中には使われていません。著者の「あとがき」の中には、「中学に入学してぼくを待っていたのは、試練の日々だった」、「苦しい高校時代であった」という表現はありますが、著者自身は「いじめ」という言葉は使っていません。一方、著者が亡くなった後にご両親によって書かれて歌集の最後に収録されている「きっとどこかで」という文章には、「中学受験をして私立の中高一貫校に入り、数人からいじめを受けてしまった」、「精神的な不調が出てきて、自宅療養と通院で、時間をかけて大学を卒業しました。本人も頑張って、なんとか少しずつアルバイト、契約社員として働けるようになってきたところでした」と書かれていて、映画の中の須羽隼介の置かれた立場は、この記述が元になっているように思います。ただし、隼介は、萩原さんと違って、私立の中高一貫校の生徒ではなく、地域の公立の中学校の生徒として描かれています。

【追記】
武蔵高等学校同窓会会報第63号(2020年9月発行)に掲載された「元公立中生徒会長の武蔵デビュー」という僕の文章の前半は、原稿の一部が脱落してしまって、変な文章になってしまったのですが、後半に、萩原さんの歌集「滑走路」の巻末のご両親の文章に触れています。前半部は、高校に「編入学」したばかりのころのホームルームで、クラスの代表委員への立候補者が足りなかったために、「編入生」だった自分が立候補して選出された記憶についてですが、「やりたくない」と言っていた同級生に押し付けようとする空気になっていたことに関して、当時の学校への批判的問題提起を込めています。たまたま、僕は、公立中学校で生徒会長も経験していて、その種の活動にはそれなりに興味があったので、やり手がいないなら、というわけで、立候補して一年間、代表委員をやらせていただいたというわけです。その原稿は5月に執筆したものだったのですが、この会報への執筆をしたこともあって、今回の映画、公開初日に見てきました。


〔北村正裕ホームページ紹介サイト〕
【2020.11.23追記】
本日(11月23日)の朝日新聞1面のコラム「天声人語」で、歌集と映画「滑走路」が紹介されています。
(2020.11.23追記)
「萩原慎一郎原作」となっていますが、その萩原さんの著書「滑走路」(2017年、角川文化振興財団発行)は歌集であり、今回の映画は、その歌集をモチーフにしたオリジナルストーリーで、最後に、歌集のタイトルの元にもなった短歌のテロップが現れるほか、物語の途中では、中学時代の須羽隼介(すわしゅんすけ)への同級生の天野翠(みどり)の雨の日の台詞に、萩原さんの「空だって泣きたいときもあるだろう……」という短歌からとられたと思われる台詞がありました。
萩原さんは、僕の高校の後輩にあたる人で、今年9月発行の武蔵高校の同窓会会報に掲載された僕の文章(5月に執筆した原稿の一部が脱落して変な文章になってしまったのですが)の中に萩原さんの著書への言及があったこともあり、どのような映画化がされるのか気になっていて、公開初日に見てきました。萩原さんの母校は中高一貫校ですが、僕は、高校から編入学したので、中学は別です。
原作者のイメージが反映されていると思われる役が須羽隼介で、寄川歌太が演じています。
中学生の天野翠を演じる木下渓が、物語の中の唯一の過去の光のような輝き。切り絵作家となった大人の翠を演じる水川あさみが、キャストの筆頭に記されていますが、翠の場合、大人の翠よりも、中学時代の翠のほうが、映画の中での比重が高いように感じました。
萩原さんの出身中学は男子校なので、天野翠は、もちろん、全くの架空の人物です。他の登場人物についても、原作者のイメージが反映されていると思われる隼介を除けば、特定のモデルがいるというわけではないと思います。
隼介の幼馴染で隼介に助けられながら、隼介に対する「いじめ」の加害者になることを強要されてしまう鷹野裕翔(ゆうと)の中学時代を池田優斗、大人になった鷹野を浅香航大が演じていて、以上の5人がメインキャストということになると思います。
官僚となり、非正規労働者の自殺の実態を調査していた鷹野は、かつて、自分が心ならずも「いじめ」に加担してしまった相手の隼介が「いじめ」の後遺症から抜け出せずに自殺してしまったことを知り、苦悩します。
隼介、裕翔、翠の中学時代と、裕翔たちが大人になった時代とが並行して描かれ、時代が何度も切り替わります。
翠の作品として登場する絵画、影絵(それぞれ、すぎやまたくや、河野里美制作、両者のコラボ作品もあり)は見ごたえがあります。特に、隼介によって一度切り裂かれ、修復された絵は、作品の中で大きな位置を占めていると感じました。この絵の下のほうに描かれた後ろ姿の女性について、隼介が翠に「女の人が悲しんでいるように感じた」と語る場面は印象的で、この女性は、翠自身を表現しているのだろうと思います。隼介がこの翠の絵を切り裂くことを強要されたときににも、画面下の女性が描かれた部分だけは切らなかったのも印象的でした。
映画『滑走路』公式サイト (kassouro-movie.jp)
等で、キャッチコピーのように使われている「非正規」、「いじめ」という言葉のうち、「非正規」のほうは、原作短歌の中にも使われていますが、「いじめ」のほうは、原作短歌の中には使われていません。著者の「あとがき」の中には、「中学に入学してぼくを待っていたのは、試練の日々だった」、「苦しい高校時代であった」という表現はありますが、著者自身は「いじめ」という言葉は使っていません。一方、著者が亡くなった後にご両親によって書かれて歌集の最後に収録されている「きっとどこかで」という文章には、「中学受験をして私立の中高一貫校に入り、数人からいじめを受けてしまった」、「精神的な不調が出てきて、自宅療養と通院で、時間をかけて大学を卒業しました。本人も頑張って、なんとか少しずつアルバイト、契約社員として働けるようになってきたところでした」と書かれていて、映画の中の須羽隼介の置かれた立場は、この記述が元になっているように思います。ただし、隼介は、萩原さんと違って、私立の中高一貫校の生徒ではなく、地域の公立の中学校の生徒として描かれています。

【追記】
武蔵高等学校同窓会会報第63号(2020年9月発行)に掲載された「元公立中生徒会長の武蔵デビュー」という僕の文章の前半は、原稿の一部が脱落してしまって、変な文章になってしまったのですが、後半に、萩原さんの歌集「滑走路」の巻末のご両親の文章に触れています。前半部は、高校に「編入学」したばかりのころのホームルームで、クラスの代表委員への立候補者が足りなかったために、「編入生」だった自分が立候補して選出された記憶についてですが、「やりたくない」と言っていた同級生に押し付けようとする空気になっていたことに関して、当時の学校への批判的問題提起を込めています。たまたま、僕は、公立中学校で生徒会長も経験していて、その種の活動にはそれなりに興味があったので、やり手がいないなら、というわけで、立候補して一年間、代表委員をやらせていただいたというわけです。その原稿は5月に執筆したものだったのですが、この会報への執筆をしたこともあって、今回の映画、公開初日に見てきました。


〔北村正裕ホームページ紹介サイト〕
https://masahirokitamura33.wixsite.com/masahirokitamura
【2020.11.23追記】
本日(11月23日)の朝日新聞1面のコラム「天声人語」で、歌集と映画「滑走路」が紹介されています。
(2020.11.23追記)