北村正裕BLOG

童話作家&シンガーソングライター、北村正裕のブログです。 北村正裕ホームページ(北村正裕アート空間) http://masahirokitamura.art.coocan.jp/ もよろしく。 X(旧ツイッター)アカウントは「@masahirokitamra」です。

2022年10月

誤解に基づく「白鳥の湖」衣装替え演出

バレエ史上最も有名なバージョンと言ってよいと思われるプティパ・イワノフ版「白鳥の湖」では、魔法で白鳥の姿にされてしまい夜の間だけ少女の姿に戻れるというオデットが、夜の湖畔で王子ジークフリートと出会う物語ですが、ブルメイステル版などには白鳥の模型が受け継がれているのに対して、模型の白鳥が登場しないバージョンの場合、ダンサーによって演じられる人間の姿に戻っている白鳥たちを、時に、白鳥の姿のままで踊っている姿だと誤解している人も多いのかもしれません。「白鳥たちの踊り」という曲のタイトルもさることながら、今日では定番となっている白鳥の姿をイメージした衣装も、その誤解の大きな原因になっているのでしょう。しかし、注意深く見ていれば、イワノフによって振付られた湖畔での王子とオデットとの出会いの場面、舞台左手から右手奥に向けて弓を構えた王子が、人間の姿に変身するオデットを見て驚き、弓を構えるの止めて左奥に退き、変わって、人間の姿に戻ったばかりのオデットが右手から登場するという演出になっていて、プティパ・イワノフ版の原典版では、湖面の白鳥の模型が省略されなければ、わかりやすいオデットの登場場面になるはずです。


Wileyの"Tchaikovsky's Ballets" という本に掲載されている1895年に出版されたプティパ・イワノフ版台本を出典とする英訳文を見ると、王子とオデットとの出会いの場面は、次のようになっています。
「ベンノが、王子の従者の中の何人かの友人たちとともに入って来る。白鳥たちに気づいて、彼らは、射ようとするが、白鳥たちは泳ぎ去る。ベンノは、群れを見つけた事を王子に知らせるために仲間達を使いに出して、ひとり、残る。白鳥たちは、美しい、若い少女たちの姿に変わり、ベンノを取り囲む。彼は、魔法の現象に驚き、彼女たちの魅力に無力になる。彼の仲間たちが、王子の先に立って戻ってくる。彼らが到着すると、白鳥たちは後退する。若者たちは、それを射ようとする。王子が入ってきて、やはり、狙いを定める。しかし、この時、廃墟が魔法の光に照らされ、オデットが現れ、慈悲を嘆願する」
この台本で示されている「狙いを定める」その先は、人間の少女たちではなく、まだ、人間の姿に戻っていない白鳥たちであり、その白鳥たちは、実際には、(現在でもブルメイステル版などに受け継がれている)模型で表現されて湖面を泳いでいたのだろうと思います。模型が省略されているバージョンでは、時に、王子の友人のベンノたちの弓が人間のダンサーに向けられてしまっているため、人間のダンサーが白鳥を演じているかのような誤解を与えかねない状況になっているし、おまけに、白鳥をイメージしたあの衣装ですが、ダンサーが演じているのは、あくまで人間の姿に戻っているときの娘たちであり、白鳥の呪いをかけられた娘たちが夜の間だけ人間の姿に戻れることになっているのは、王子と踊るためだと言ってもよいでしょう。
今日の白鳥のイメージのチュチュは、呪いの象徴であり、決して、白鳥の姿そのものを意味しているのではないわけですし、「白鳥たちの踊り」という曲のタイトルにしたって、「白鳥の呪いをかけられた娘たちの踊り」などというタイトルでは長すぎるからこのようになっていると考えるべきでしょう。また、上記の1895年版台本で、王子のオデットへの愛の誓いの後の場面には、「夜が明けかかっている。オデットは、最愛の人にいとまごいをして、友達と一緒に廃墟の中に消える。夜明けの光が明るくなる。湖面を、再び、白鳥の群れが泳いで行く。そして、その上を、大きなふくろうが、羽を重々しく揺り動かしながら、飛ぶ」と、書かれ、夜明けとともに白鳥の姿に戻らなければならずに王子と別れるオデットの運命が明記されています。

最近、日本で上演された舞台でも、例えば、昨年(2021年)10月~11月に新国立劇場で上演されたピーター・ライト版「白鳥の湖」の場合、プログラムの「あらすじ」のページには、王子とオデットとの出会いの場面について、次のように書かれています。
「湖岸に着いたジークフリート王子は、ベンノに白鳥を探しに行かせる。一人残った王子は、そこに魔術師ロットバルト男爵の邪悪な存在を感じとる。突然一羽の白鳥が舞い降りてくる。そして王子が驚き見つめるなか、美しい乙女に姿を変える。その若い娘こそオデット姫であった。オデットと彼女の仲間たちはロットバルトによって白鳥の姿に変えられ、夜の間だけは人間の姿に戻れるのだ」
また、王子とオデットたちとの踊りの後については、
「やがて夜明けが訪れ、オデットと仲間たちは白鳥の姿に戻り、湖へと帰っていく」
と、書かれていて、ダンサーによって演じられているのが人間の姿に戻っている夜の娘であることが明記されているのですが、それを、白鳥の姿のオデットたちだと誤解している人が多いのかもしれません。

10月30日に東京文化会館で見たヒューストン・バレエの昼の公演、ウェルチ版「白鳥の湖」の舞台は、そんな誤解が広がっている状況を思い知らされるものでした。

第1幕は、城ではなく、狩りの野営地。乾杯の場面の後、パドトロワの第1バリアシオンの曲が演奏されます。この曲がこの位置で演奏されることは珍しくありませんが、そのほとんどは、王子の孤独を表現するソロであるのに対して、ウェルチ版では、この曲で、オデットが王子と出会います。この時、オデットの衣装は、伝統的な白鳥の衣装ではなく、普通の人間のようなナイトドレス姿。その後、白鳥の主題が現れる9番の曲では王子とオデットが踊り、続く10番の曲で朝となり、オデットは一旦姿を消します。そして、11番の曲で再登場したオデットは、今度は、定番の白鳥のイメージの衣装になっています。つまり、11番の曲から後は、朝になって白鳥の姿になったオデットを表しているつもりのようなのです。何ということでしょう! 白鳥の姿に変えられてしまいながら、夜の間という制約つきでも王子ジークフリートと出会って踊れるように工夫されたルールなのに、あの「白鳥たちの踊り」の場面を朝の場面だと改変してしまうとは! 白鳥の衣装が紛らわしいというのであれば、衣装を改めればよいわけだし、さらに、白鳥の模型を復活させればもっとわかりやすくなるはずです。それなのに、誤解に合わせた曲解をしてしまうとは! これは、もはや、制作者自身が、どっぷりと、完全な誤解に陥っているのではないかと疑わざるを得ない演出だと思いました。そして、王子の裏切りの後の湖畔の場面では、またまた、ドレス姿の娘たちが登場し、再び朝を向かえるラストシーンで、白鳥たちは、また、白鳥のイメージの衣装に変わるのです。そして、オデットと王子の投身の後、白鳥の姿のまま残された娘たちが統制された動きを続ける中で幕となりましたが、白鳥の衣装が白鳥の姿の表現であることを示し続けてしまったため、ラストが解放どころか永遠の呪いのように見えてしまっているのも皮肉です。ここでもう一度衣装替えをしたいのかと思って見ていたのですが、そうはなりませんでした。そもそも、朝が来て白鳥の姿に戻るタイミングのオデットなら、湖に身を投げても死んだりしないはずなので、投身自殺が成立しないはずなのですが、制作者たちは変だと思わなかったのでしょうか?

このように、疑問を禁じ得ない演出ではありましたが、それでも、面白いと感じる部分はありました。そのひとつが、ほかならぬドレス姿の「白鳥の娘」たちです。王子の裏切りの後の終幕で、ドレス姿で踊られる白鳥たちの踊り(27番の曲)は新鮮でした(27番の後、28番の前に、19番の第2ヴァリアシオンの曲が挿入されていました)。もう、従来の白鳥のイメージのチュチュはやめてもいいのではないか? 少なくとも、普通のドレスか、それに近いチュチュで踊る白鳥たちがあってもよいように思いました。
また、今回、舞踏会の場面で、通常、大幅に短縮されてファンファーレが1回だけになる17番の曲が、長々と演奏され、ファンファーレの回数が、原曲の3回を上回る4回も鳴らされていたのには驚きました。原曲は、花嫁候補6人が2人づつ、3回に分けて入場することを想定し、そのたびにファンファーレが鳴るように作られていますが、プティパ・イワノフ版では、花嫁候補全員が一度に入場し、ファンファーレは1回だけになっています。この曲のファンファーレを原曲通り3回鳴らすバージョンとしては、原曲尊重の姿勢が強いバレエ・アム・ラインのシュレップァー版がありますが、原曲を上回る4回のファンファーレを鳴らすバージョンなど、前代未聞で、そんなバージョンの存在を初めて知りました。しかも、やってみると、それほどしつこいという感じでもないので、やればできるものだなあと思うと同時に、これでは新たな改変になってしまうではないか、という感想も禁じえませんでした。ウェルチ版では、花嫁候補が4人で、それぞれ、ロシア、ハンガリー、スペイン、ナポリの姫となっていて、民族舞踊は花嫁候補たちの踊りになっていました(チャルダッシュは削除)。
その他、変わったところとしては、例えば、第1幕で、通常、パドトロワが踊られるところ、ウェルチ版では王子の友達2人に王妃の娘2人も登場し、パドトロワの曲だけでなく、第3幕のパドシスの曲なども混ざっていました。そして、その前のワルツが無かったような……。
オデットと王子との出会いが通常よりも前倒しになっているのは、通常の出会いのシーンを朝だとしていて、その前の夜のうちに森で出会う場面を作るためであり、そのために、通常は城の場面となる第1幕が狩りの野営地になっているというわけで、これらについては、すべては、上記の誤解に基づく演出だと言えると思います。

〔HP内の「白鳥の湖の基礎知識のページ〕
http://masahirokitamura.my.coocan.jp/swanlake-g.htm

〔北村正裕ウェブサイト紹介ページ〕
https://masahirokitamura33.wixsite.com/masahirokitamura

〔北村正裕ツイッター〕
https://twitter.com/masahirokitamra

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エヴァンゲリオン零号機暴走とリツコの「まさか…いえ…そんなはずはないわ」

TOKYO MXで再放送されているアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」
https://s.mxtv.jp/anime/evangelion/
次回、11月1日の放送予定は、第伍話「レイ、心のむこうに」は、「新世紀エヴァンゲリオン」の謎解きの面白さを見せてくれる放送回。
零号機暴走の原因を考えていた赤木リツコが、突然、「まさか」「いえ…そんなはずはないわ」と呟くシーンはとても印象的で、この台詞の意味を読み解くことは「新世紀エヴァンゲリオン」の謎解きの大きなテーマのひとつだといってもよいでしょう。もちろん、その謎は、この第伍話の内容だけを見ていても解けないものであり、ずっと先の第弐拾参話まで見ていかないと判然としない大きな問題だと思います。それどころか、1996年3月のテレビシリーズの放送が最終話を迎え、さらに、1997年7月に映画「THE END OF EVANGELION(Air/まごころを、君に)」が公開されてからも、なお、しばらくは、この問題を解明するような説はなかなか登場せず、2000年に出版された大滝啓裕さんによる「エヴァンゲリオンの夢」でさえ、「どうにでも受け取れる発言なので考慮する必要はない」と書かれているという状況であり、「新世紀エヴァンゲリオン」の謎など、解明する価値のないものだいうような考えが絶望的なほど広がっていってしまっていたと思います(今でもそのように考えている人が多いかもしれません)。この問題の解明は、2001年に出版した「エヴァンゲリオン解読」によって初めてなされたものです(この本は、2010年に「完本 エヴァンゲリオン解読」の書名で文庫化されています)。
大滝さんの「エヴァンゲリオンの夢」では、リツコが零号機のコアの魂の秘密を知っているということを前提としているため、そのことが解釈の限界になってしまっているということを「エヴァンゲリオン解読」では強調しています。そして、リツコが零号機に執着しない理由について、「エヴァンゲリオンの夢」とは全く違った説を展開していますが、リツコが零号機のコアの秘密に気づいていく過程を見ていくことは、「新世紀エヴァンゲリオン」の謎解きのひとつのキーポイントになっているといってもよいと思います。そして、リツコにとって零号機のコアの秘密が決定的になった第弐拾参話での「このことは極秘とします」「本来魂のないエヴァには、人の魂が宿らせてある」という台詞の意味はとても重大だと思います。エヴァンゲリオンの謎解きを諦めてしまった多くのファンの方々にも、もう一度、「新世紀エヴァンゲリオン」を見返して、細部にいたるまで精密に作られている作品を味わっていただきたいものですし、もし、「エヴァンゲリオン解読」がそのためのきっかけになるようでしたらとても有難いことです。
2010年の文庫版「完本 エヴァンゲリオン解読」の出版を機に読んでいただいたエヴァファンの方も多いようで、例えば、「徒然章」というブログの2010年5月の「久々にエヴァ」という記事
https://ameblo.jp/hyt0812-blog/entry-10533113770.html
には、「これまですっきりしなかったエヴァの疑問が丁寧に解説されているではないか。寝るのも惜しんで読みふけってしまった。ネタバレ含むが、一番の発見はエヴァ零号機のコアに入っている魂の話」などと書かれていて、興味持っていただけたようで著者としてはよかったと思います。
また、「hi-sai BLOG」というブログの2011年1月の「今更だけど、エヴァンゲリオン解読!」という記事
https://hi-sai.blog.ss-blog.jp/2011-01-01
には、「偶然本書を立ち読みした時、“セリフの裏側にある背景を読み解く”“一瞬挿入される映像の意味をひも解く”という、自力では到底解明できないためあきらめていた謎解きに触れ、忘れていた興味が一気に復活したのでした」と書かれていて、やはり、よかったと思います。
「エヴァンゲリオン解読」の初版本は2001年の出版でしたが、出版当初は、新劇場版の制作よりも前であり、「エヴァ」が過去のものというように思われていた時期であったこともあってか、必ずしも本が売れたというわけではありませんでした。出版から1年あまりが経過した2003年ころからは、例えば、Amazonの商品ページ
https://www.amazon.co.jp/dp/4380012158/
に、何人もの読者の方がカスタマーレビューを書いてくださっていますが、情報がエヴァファンの方々に届くのに一定の時価がかかったと思いますし、もちろん、まだまだ、「エヴァンゲリオン解読」のことを知っているエヴァファンは、エヴァファンのほんの一部ですので、この本のことを知ることができたエヴァファンは幸運な方だろうと思います。
金澤真一さんの「ランラン日記王」というブログに「エヴァンゲリオンに関するあらゆる言説の基本となると言っても良いほどの完璧な出来栄え」という有難い紹介記事
http://blog.livedoor.jp/chinsandx/archives/28561610.html
を書いてくださっていますが、この記事は2005年7月の記事なので、初版出版から少し時間が経っての記事ですね。この本を発見して、エヴァンゲリオンの研究解説本のおすすめ本として紹介記事を書いていただいた方々に感謝です。本を見つけて情報発信してくれた読者の方々に「エヴァンゲリオン解読」は支えられています。
「新世紀エヴァンゲリオン」に対して、そのパラレルワールドを描くように始まり、2022年の「シン・エヴァンゲリオン劇場版」で完結した「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」シリーズ4部作の世界では、「新世紀エヴァンゲリオン」の世界と違って、エヴァンゲリオンに人の魂が宿っているということはなく、「新世紀エヴァンゲリオン」の世界のような制約からは自由になっていますが、「新世紀エヴァンゲリオン」の場合は、エヴァの魂とパイロットとのシンクロというパイロットにとっての難題が作品に深みを与えていたと思います。そして、第伍話は、そんな「新世紀エヴァンゲリオン」の謎解きの面白さを感じさせてくれる重要なエピソードになっていると思います。
今回の「新世紀エヴァンゲリオン」再放送が、また新しいファンがこのアニメの魅力に気づくきっかけになればよいと思います。ひとつひとつのセリフの中に潜む「なぜ」が、面白さを広げてくれるはずです。

〔HP内の「エヴァンゲリオン」コーナー〕
http://masahirokitamura.my.coocan.jp/eva.htm

〔北村正裕ホームページ紹介〕
https://masahirokitamura33.wixsite.com/masahirokitamura

〔北村正裕ツイッター〕
https://twitter.com/masahirokitamra


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【追記】現在準備中の新しい本の中で「シン・エヴァンゲリオン劇場版」を中心とした「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」シリーズ4部作について論じます。
「新世紀エヴァンゲリオン」についての作品論である「エヴァンゲリオン解読」について、例えば、碧海かせなさんの2011年7月のツイート
https://twitter.com/kasena11451/status/95270237519364097
には「是非新劇の方も執筆して欲しいものだ」と書かれていますが、ご期待に応えられればさいわいです。

【22.11.14追記】来月、22年12月に、彩流社から『「かがみの孤城」奇跡のラストの誕生』(北村正裕)が出版されます。この本は、今年1月に電子出版した『夢の中の第3村』の内容を再構成し、加筆、修正を加えたもので、その第4章「虚構の中の想像主―エヴァンゲリオンと円環の物語」で、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』をはじめとする『エヴァンゲリオン』新劇場版シリーズについて論じます。ただし、この本の第1~第3章は、小説『かがみの孤城』読了の方と映画『かがみの孤城』鑑賞済みの方を対象としたものなので、そうでない方は、第1~第3章はお読みにならないよう、ネタバレにご注意ください。

情報記事
http://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/52493986.html

(22.11. 4追記)

【2025年8月21日追記】
北村正裕ホームページ(音楽情報用と執筆情報用)の統合にともない、
エヴァンゲリオンコーナーのURLが変更になりました。
新しいURLは
http://masahirokitamura.art.coocan.jp/eva.htm
です。
(25. 8.21追記)

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