7月10日夜、NHKホールで、英国ロイヤル・バレエ団公演、ピーター・ライト版「ジゼル」を観劇しました。
ジゼル=マリアネラ・ヌニェス、アルブレヒト=ウィリアム・ブレイスウェル、演奏=東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、指揮=マーティン・ゲオルギエフ、編曲=ラース・ペイン。
上質の演奏、バレエを堪能。しかし、演出には疑問も感じました。

踊りの途中で気分が悪くなって胸をおさえるジゼル、ジゼルの心臓が悪いことを暗示し、後の心臓発作の伏線となる演出は通常通り維持されているのに、ピーター・ライト版ではジゼルは剣で自殺してしまうので、伏線が伏線でなくなってしまっています。
公演プログラム(会場で2500円で販売)の中のピーター・ライトインタビューに、「彼女のお墓は正式な墓地にないのです。自殺は大罪なので、邪悪なウィリの墓から守られるはずの、キリスト教の正式な墓地に埋葬されることを拒否されたためです」と、記されていますが、ジゼルの墓は、必ずしもピーター・ライト版のような小さい粗末な墓ばかりとは限らないし、そうである必要もないと思います。福田一雄著『バレエの情景』(1984年、音楽之友社)の中で紹介されているサン・ジョルジュとテォフィル・ゴーティエによる台本(薄井憲二訳)では、「大理石の十字架があり、ジゼルと名がきざんであり……」という記述があります。また、その台本では、第一幕の終盤には、「地面に落ちた剣を拾った彼女は、一瞬のすきにわが胸をさそうとするので、母ベルトはとびかかって剣を取り上げる(剣でわが胸をさす演出があるが、それはオリジナルではない)」という記述もあります。
もう一点、疑問に感じるのは、第二幕のアダージョの踊りの解釈です。
多くのバレエ団では、ジゼルはミルタの指示で踊るのであり、それは、それにつられてアルブレヒトが墓の十字架を離れてジゼルと一緒に踊り始めることを狙っての指示とみられるものになっていて、最近見た舞台では、例えば、牧阿佐美バレエ団の牧阿佐美演出版などもそうなっていました(2025年6月に観劇)。上記の福田一雄氏の著書で紹介されている台本では、ジゼルがアルブレヒトを墓の十字架に導いてウィリたちから護ろうとしたシーンで、「女王ミルタは、ジゼルへの復讐を決心し、背中の羽を開かせて、誘惑の踊りを命じ、ジゼルは優雅な踊りをはじめ、アルブレヒトはジゼルの踊りに魅惑されて、十字架をはなれ、ジゼルのほうに歩みよってしまう」と記されています。
ところが、ピーター・ライト版は、ジゼルが踊りだすシーンで、ミルタの明確な指示はなく、アダージョの踊りの間、ミルタはほとんどジゼルに背を向けていて、この場面の踊りがミルタの指示であるようにはとても見えません(プログラムにもこの踊りの意味についての記述はありません)。この演出は、ピーター・ライトの影響を受けているだろうと思われる新国立劇場の吉田都演出版(2022年初演、改訂振付=アラスター・マリオット)もほぼ同様で、ピーター・ライト版と同様に疑問を感じる演出ですが、吉田都演出版では、アダージョの踊りの合間にジゼルがミルタに赦しを請うような仕草をし、ミルタがそれを拒否するような態度がはっきりしていて、もしかすると、アダージョの踊りそのものにもミルタの許しを請うための踊りという意味合いを持たせているつもりなのかもしれないと感じたのですが、それであれば、ミルタの指示による「誘惑の踊り」という意味合いは完全に消えてしまいます。ピーター・ライト版でのミルタによるジゼルへの踊りの指示がないことは、アルブレヒトに対する明確な指示があることと対照的です。
本来、「ジゼル」の魅惑的なアダージョの踊りは、それが危険な「誘惑の踊り」だからなのだろうと思います。そして、魅力と危険は表裏一体。しかし、この場面の踊りから「誘惑の踊り」という意味合いを取り除いてしまうことは、その危険な魅力を消してしまうことになってしまうのではないでしょうか?
このアダージョは、「ジゼル」のバレエとしての最大の見せ場であるにもかかわらず、この場面の演出について、公演プログラムには何の記述もありません。もしかすると、「ジゼル」の演出の歴史に詳しい方にとっては、今更解説するようなことではないのかもしれませんが、自分にとっては、ここは、今のところ、疑問のままです。
第二幕にジゼルの宙乗り演出はありませんでした。以前、パリ・オペラ座バレエの「ジゼル」にジゼルの宙乗り演出がないことについてブログ記事を書きましたが、もしかすると、それは、今では、特別なことではないのかもしれません。新国立劇場の吉田都演出版もそうでした。自分の場合は、ジゼルの宙乗り演出には期待しているのですが、それを排除する理由は、以前書いたパリ・オペラ座と同じなのかどうかはわかりません。

今回、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団(指揮=マーティン・ゲオルギエフ)による演奏もとてもよかったと思うので、時に、印象に残った部分を記しておくと、第一幕の「村娘の踊り」の曲(今回の演出では「パドシス」)の2曲目の弦のソロの美しい響きは出色でした。
今回のNHKホールでの英国ロイヤル・バレエ団「ジゼル」の公演は12日(昼・夜)までですが、NHK Classicの公式XとNHKのウェブサイトの情報によると12日昼の金子扶生主演による公演がNHKBS8Kで生中継されるようです。ということは、8K以外でも、後日、映像放送されるのかもしれません。


〔関連ブログ記事〕

パリ・オペラ座バレエ「ジゼル」宙乗り演出排除の理由(20年3月7日の記事)
https://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/52466474.html

牧阿佐美バレエ団「ジゼル」(演出・改訂振付=牧阿佐美、主演=青山季可)観劇(25年6月15日の記事)
https://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/52545966.html

〔ホームページの関連ページ〕

パリ・オペラ座バレエ団「ジゼル」2020年日本公演
https://masahirokitamura.art.coocan.jp/gisell-operadeparis2020.htm

〔北村正裕X〕
https://x.com/masahirokitamra

〔北村正裕HP&SNS紹介サイト〕
https://masahirokitamura33.wixsite.com/masahirokitamura

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【追記】
Xに関連投稿しました。
https://x.com/masahirokitamra/status/2075757989123006502